To.カノンを奏でる君
階段を降り、リビングに入った花音を出迎えたのはトーストの芳ばしい香り。
それと、ほんのり甘いコーンポタージュの香りだった。
ほんの少し胃がもたれるような気持ち悪さを感じるが、小さく深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「おはよう」
いつもと変わらない笑みを花音に向ける母。
花音は無表情に挨拶を返す。
祥多の事を良く思っていない母に、花音はついそっけない態度を取ってしまう。というのもやはり、大切な人を悪く言う人は誰であろうと……例え母親であろうと許せないのだろう。
「今日もまた祥多君の所に行くの?」
母のその言葉に、花音はむっとして鋭い睨みを利かせる。
「またって何?」
花音の怒りの籠った声に、母は怯む。
いつもそうだ。強気な事を言うのに、いざとなれば怯む。
そんな母が嫌いというわけではなかったが、好きというわけでもなかった。
「今日はイヴだから例年通り祥ちゃんと直ちゃんと過ごします」
そう答え、花音はトーストを角から食べていく。
母は納得がいかないようにしながらも、もう何も言わなかった。
早食いの花音はあっという間にトーストを食し、コーンポタージュを飲み干し、カバンを持って立ち上がる。
「花音、コート」
母は焦りを見せながらも、母親としての役割を果たす。
「……ありがと」
コートを受け取り、花音はそそくさと玄関に向かった。