To.カノンを奏でる君
 しまったという顔で立ち尽くす美香子に、祥多は笑った。


「入れよ」

「うん、ごめん」


 美香子は中へ入り、パイプ椅子を立てた。

 ソファーもあるのだが、敢えてパイプ椅子を立てるのは近くで話が出来るからだ。


「昨日は本当にごめんね」


 美香子は苦笑しながら謝る。


「いいって。面白かったし」

「そう言ってもらえると安心」


 それから美香子は祥多の手元にある本を見た。


「芥川龍之介だ」

「読んだ事あるか?」

「羅生門なら」

「あぁ、あれか」

「芥川は嫌いじゃないけど、読むのキツい」

「人間の邪な部分が包み隠さず書かれているからな」

「そうそう!」


 意気投合し、笑っているところに花音がやって来た。


「ごめん、祥ちゃん! 遅くなっ……」


 祥多の病室に祥多の母や直樹以外の誰かがいる事に驚き、黙って立ち尽くす。


「あ……お客さん?」


 やっとの事で、花音は言葉を紡ぐ。


「あれ、草薙さん?」

「葉山さん……」


 どうしてここに転入生の葉山美香子がいるのだろう。花音は何が何だか分からない。


「祥多君、彼女?」

「幼なじみ」


(祥多君……て、何で葉山さんが祥ちゃんと)


「うそ、祥多君と草薙さんって幼なじみなの?!」

「ああ、お隣さん」

「へぇーっ」


 二人だけの世界。花音は入る事が出来ない。
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