To.カノンを奏でる君
「祥多君!」


 自らの名前に反応し、祥多は我に返った。

 そして状況を理解する。


 美香子が自己主張するかのように、祥多に手をかざして振っている。少し、タイムスリップしていたようだ。


「もう。話の途中で固まるから驚いた」

「悪ィ」

「で、約束って何?」

「内緒」

「え……えぇ?! ひどい!」


 美香子は口を尖らせる。


「花音とした約束なんだから、葉山には関係ねーだろ?」


 理屈を言われて美香子は押し黙る。

 黙り込んだ美香子に苦笑し、祥多は言う。


「ほら、もう帰れ」

「何で。まだ5時じゃん」

「もう5時じゃん?」


 祥多が、遠回しに帰れと言っている事に気づいた美香子は渋々帰り支度をする。

 美香子は一緒にいると楽しい。けれど、心が休まる事はない。


「じゃあまた明日ね」

「ああ、サンキュ」


 美香子は笑みを残し、病室を後にした。


 祥多は外から子ども達の声が聴こえるほどに静まった病室で頭を掻いた。


 ピアノの時間まであと一時間。いつもなら普通に起きている時間だが、ここのところ疲れやすく、起きているのがつらい。祥多は横になり目を閉じる。

 一時間後には目が覚めると思い、何も考えずに頭を真っ白にする。


 間もなく睡魔が襲って来て、祥多は眠りに就いた。





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