To.カノンを奏でる君
「祥ちゃんの方が痛いでしょ? 泣いていいよ。私がちゃんと受け止めるから」


 泣く事をやめない少女は懸命に言葉を紡ぐ。

 それだけで充分だった。12歳の少女にその言葉以上の何を求めよう。


「なぁ、花音」

「なに…?」

「一つだけ、約束してくれ」

「約束…?」


 祥多は少女を放し、少女を真っ向に見つめる。少女は涙を拭きながら、祥多に応える。


「お互いを好きになる事はやめような」


 花音は目をしばたたかせる。しかし、何も出来ないと自負している少女は静かに頷いた。

 それを確認した祥多は、ほっと一息吐いた。これで、少女が苦しむ事はない。


 近くにいる者に好意を抱くのは自然的な事で、逆らいようのない摂理。

 分かってはいても、そう約束しておけばお互いが告白をする事も付き合う事もない。それは少女の平凡な幸せに繋がっていく。

 それでいいと、祥多は思った。

 毎日のように見舞ってくれ、励ましてくれ、幼いながらも懸命に支えてくれている。

 だからこそ、苦しみのない痛みのない恋をして幸せになって欲しかった。


 少女が幸せになってくれる事こそが、祥多の願い。

 自分では幸せにしてやれない。少女を守り続ける事は不可能なのだ。

 少女の幸せを祈る事しか、出来ない──。
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