執事と共に賭け事を。
「一つ、昔話をしてもいいかい?」


すべらかな手つきでカードを扱いながら、ヒガキが言った。

恵理夜は、黙って頷いた。


「君は、海に沈む車に乗ったことがあるかい?」


恵理夜のいぶかしげに眉をひそめながら首を振った。

そうだろうね、と彼は肩を竦めた。


「まず、じわじわと、ドアの隙間から水が入り込んでくる。車のドアは水圧で開く気配が無い。水に侵されて電動の窓は開かない。窓の外と中が水で満たされるのを待つしかない。それが、どれだけの恐怖か想像できるかい」


絶望的な音をたてて容赦なく入り込む海水。

恵理夜は、その様を想像して思わず口元を押さえた。


「僕は、泳ぎが苦手だった。水が膝まで浸ってきたときはただ震えながら、自分が苦しんで死ぬのを想像するしかなかった。水は、冷たかった……」


ヒガキの手は震えていた。


「一思いに死ぬわけじゃない。大量の海水が肺に入り込んでくる。窒息するまで10分はあるだろう。その10分を永遠と感じながら死んでいくんだ」


余裕のあるはずのヒガキの表情が徐々に歪んでくる。


「ついに海水が胸に達してシートに座ってられなくて海水に浮いてしまう。けれど出口はどこにもない。窓を必死に叩くが子供の力ではひびすらも入らない」


恵理夜は、トイレでヒガキがパニックを起こした理由を悟った。
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