お願い、抱きしめて

だが現実は違う。バシッと、キレのいい音一つ。泉に台本で頭を叩かれた。



「何すんだよ!」


「たった一度の失恋で弱音吐くな。弱音吐くくらいなら、最初から好きにならない事ね」



ぐっと、拳を握って俯く。泉はいつも正論だ。本当の事を言ってる。だから、オレは言い返せない。


正論を砕く言葉を知らない──



「好きな人いるって言ってんだよ。オレに勝ち目なんかない」


「だったら力ずくで奪え」



即答で返されて、ますます気分が悪い。後味が苦くて、わかってる事を、素直に言う泉が羨ましいんだ。



オレだって、そうしたいよ。でも嫌われるのが怖くて動けないんだ。



「負け犬の顔しないで」と、呆れた声が真正面から聞こえる。「ごめん」と謝って、平気なフリをした。


< 116 / 201 >

この作品をシェア

pagetop