潮騒
「今月もナンバーワンは確実みたいっすね、ルカさん。」


待機室に向かう直前、声を掛けられ振り返ると、そこにいたのはあたしの担当の黒服だった。


垂れ目がちな、胡散臭いだけの笑顔。



「随分とご機嫌そうじゃない、ホール長さん。」


「まぁ、そりゃあ担当のキャストがこれだけ稼いでくれればね。」


いっそのこと店替えでもしてやろうかと思ってしまうような彼の発言。


あたしは肩をすくめ、無視を貫いてきびすを返そうとしたのに、



「今度イベントあるんで、気合い入れてお客さん呼んでくださいねー。」


「アンタに話し掛けられると、入る気合いも消えてっちゃうわよ。」


「ははっ、ヒドイなぁ。」


と、言った黒服は、



「まぁ、ルカさんは股を開けばどうにでもなりますもんね。」


それは嘲るような笑みだった。


彼はクッと喉を鳴らし、



「よく男にマジになって仕事をおろそかにしちゃう子がいますけど、ルカさんはそんな馬鹿みたいなことしないでくださいよね。」


「…馬鹿みたいなこと?」


「だって騙す側の人間が恋心を抱くだなんて、そんなのお笑いですもん。」


「………」


「ファンタジーで働けるのは、選ばれた人間だけですから。」


この街に染まりきっている男だと思う。


今はそれが少しだけ、哀れなようにも見えるけれど。

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