それでも、まだ。


…思えば、あのときは完全にレンのペースに呑まれてしまったのだ。


反論する隙さえもなかった。
…というか、色気に負けた。



『はぁ………。』


もう3度目である。


もし幸せが逃げているのならもう3回分なくなっている。

その前に、1度の溜め息でどれくらいの幸せが逃げるのかさえ謎である。


もしかしたら10年分くらい無くなっているかもしれない。

もしそうならアヴィルは100年分は無くなっているだろう。…可哀相に。



セシアは再び隣で寝息を立てている人を見た。


よほど疲れているのか、全く起きる気配がしない。




――もし、本当に始末しなければならないとき…




『私に……できるのか?』




――神田を殺すことが。



また髪を撫でてあげると、神田は気持ち良さそうな顔をした。



『ん……結菜……』


『!』



ゆな。それは漆黒の森でも聞いた名だ。



誰なんだ。そいつは。
自分に似ているのか?


でもその名を、神田から聞くと、胸が苦しくなる感じがした。




――殺したくない。




自分は情に流されるようなことがあってはならない。


それに自分は彼らを裏切らない。




だから――…



『何も、起こさないでくれよ…。』



切実にそう願った。


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