時を止めるキスを
唯一、柚さんには気づかれてしまったけど、口外せずいたことだけがせめてもの救いか……。
コツコツ、と一定のリズムの革靴音が後を追ってきていることにはもちろん気づいていた。
だが、何も知らないフリをしてデスクに向かう私の背中に、その足音を一瞬でかき消すようなひと声が掛けられる。
「ここで言い合うのも面倒だし、早く帰るぞ」
本末転倒とはまさにこのこと。人の話を聞いていなかったのか、と言いかけてそこはグッと堪える。
わざと大きな溜め息を吐き出して振り返ると、聞き分けなき靴音の主と顔を合わせることにした。
「どうぞおひとりで帰って下さい」
「何言ってんの?」
やっぱりドラゴンが眉根を寄せると、その迫力に気圧されかねない。
二度目は華麗にスルーをしよう決め込み、ひくひくする口角を無理やり上げて笑うとそのまま背を向けた。
さっさと退散しよう、そうしよう。書類やファイルを素早く仕舞いながら、一分でも早く帰宅するべくデスク上を綺麗にしていく。