冷蔵庫の穴

カーテンの隙間から暖かな光が注す。
猫があたしの指を舐めていた。

爽やかな情景とは裏腹に
アイツのせいで
あたしは酔いつぶれていたのだ。

今日こそケリをつける。
開運の為にも今後の人生の為にも、

何が何でもベタベタ取るのだ。


問題はその方法である。

弱アルカリ性洗剤を使い
溶解させて拭き取るか、

或いは一昨日麻痺した親指に
運命を託すか、

はたまた
シール剥がし専用の溶剤を
購入するか。

あたしは自分の人生に絡む
「糊」
という便利で憎むべき存在を
全否定するかの如く、

あえて第二案を決行したのだった。

汚らしいシール糊の数々を目の前にし、
頭にタオルを捲く。
右手親指で
丁寧に下から上へシールを
こ削ぎ上げる。

一枚目の半分が剥がれる頃には
親指の腹は
真っ赤に腫れ上がり
痺れて使い物にならなくなった。

しばらく悶々と悩んだ挙句、
荷造り用綿ガムテープの
威力
を思い知るのである。

ガムテープの粘着面を
糊に押し付けては剥がし
押し付けては剥がし、
少しずつではあるが
見事に剥がれてゆく。

ただ、小さくなった
糊の欠片を剥がそうと
ガムテープを押し付けると、
どうも冷蔵庫の塗料の外側まで
剥がれてしまうのだった。

冷蔵庫の塗装は
何層にもなっているらしく、
剥がれた部分は
やや光沢がないグレーになってしまう。
金属が見えているわけではないので
気にしない事にした。

押し付けては剥がし

押し付けては剥がし

の単純作業は
何か人を恍惚とさせるものがある。

あたしは小さな糊の欠片を
まるで仇のように消し去って行く。

自己陶酔の挙句、
糊の欠片は殆ど消滅したが、
気付けば扉の塗装は

光沢のないグレー部分、

白い部分、

赤茶色の部分、

まるで

三毛猫のような配色

になっていた。

よく目を凝らして見ると、
色の違いは
何層にも塗った塗料のせいで、
そのことに気付いたあたしは、
一体この冷蔵庫は

何層の塗料が

使われているのか突き止めないで
いられなくなっていた。
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