ガリ勉くんに愛の手を
「大泉 勉さんじゃないですか?」

大泉 勉…?似ているが僕じゃない。

「ちょ、ちょっと待って!」

僕の横から割って入ってきたあゆ美が名前を見て慌てて口をはさんだ。

「はい、この名前で間違いありません。
お騒がせして申し訳ありませんでした。」

そう言って頭を下げると僕の手をひいてその場から急いで離れた。

「あゆ美さん、一体どういう事なんですか?
僕がどうして[大泉勉]になってるんですか?」

人気のない階段まで来てやっと足を止めた。

そして僕に申し訳なさそうに手を合わせながら、
「ごめん!名前間違えちゃった。」

「え~っ?!」

結局、あゆ美が申込書に間違った名前を記入した為、僕は[大泉 勉]として出場する事になった。

「勉君、本当にごめんね。
私あなたの名前ちゃんと聞いてなかったから…」

あゆ美はおっちょこちょいなところがある。

でも、良く考えてみれば見た目も変わったし、誰にも僕だと気付かれず参加できてかえって好都合かも知れない。

「じゃ、控え室に行きましょうか?」

開き直りが早い人だ。

―【301号室】

あゆ美は部屋をノックしてゆっくりとドアを開けた。

「失礼しま~す。」

先に顔をのぞかせて誰もいない事を確認する。

「ここは3人部屋ね。
他の出場者はまだ来てないみたいだし、私は会場の様子を見てくるからちょっと待っていて。」

「はい。」

あゆ美は休む間もなくすぐに部屋から出て行った。

僕は中をぐるりと見渡して一番奥の大きな鏡の前に座りながら自分の顔を見つめ直した。

「今日は大泉勉として出るんだ。
間違えるなよ。」

自分にそう言い聞かせた。
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