最後の恋



「じゃあ俺…先行きますね」

「…っ……うん…」

「お疲れ様です」


桐谷君はそう言うと、ゆっくり歩き出していく。


「桐谷君!」


私は思わず立ち上がり、彼を呼び止めた。


「ありがとう」


そして、振り返った桐谷君にそう言うと、彼はぺこっと頭を下げてまた歩き出していった。


一人残された私は、力が抜けたようにまたベンチに座ると、左手に光る指輪をじっと見つめた。


決めたのに…

もう結婚するって決めたのに…



どうして今、真実を知ってしまったんだろう。


知らなければ、こんなに苦しいはずじゃなかった。


知らなければ…こんなに切ない気持ちにならなくてよかった。


だけど知らなければ…

私はずっと椎名のことを誤解していたままだった。

知らなければ…あれが私のためのウソだったってことが分からないままだった。



きっと椎名は、私の迷いに気付いていたんだ。


指輪を返すことも捨てることもできなかった私を、あの時椎名は試したのかもしれない。

捨てると言って捨てに行ったのに…本当は捨てずに持っていてくれたのも、私に返してくれたのも、椎名の優しさだったんだ。


あの日、サトルがマンションから出て来た時、どんな思いでそれを見ていたんだろう。

どんな思いで…私から離れてあんなウソを並べたんだろう。


ねぇ椎名?


勝手に早川さんとのことを疑っていた自分が情けないよ。


あなたのことをひっぱたいてしまったことも、信じられなかったことも…情けなくてたまらないよ。


ごめんね…

ごめんなさい。


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