木漏れ日から見詰めて
 紺野さんのお母さんに電話をかけたが「あら、そうなの?」と反応の薄い返事がかえってきた。

“あなた、だれ?”などの質問はされず、ぼくとの関係など気にもかけていないようだった。

 身内じゃないぼくが余計なことをするわけにはいかなかったが、紺野さんのアパートに戻って管理人さんに事情だけは説明しておこうと思った。

 レンタルしてきた自転車も乗り捨てたままだった。

 管理人さんに連絡する前に紺野さんのアパートを覗いた。

 心配性かもしれないがカギをかけてこなかったので泥棒に入られていないか気になった。

 しかし、盗まれるようなものはなにもなかった。

 電化製品はドライヤーくらい。

 テレビも電子レンジもない。

 衣類は引越し会社の段ボール箱に収納されて無造作に放置されている。

 あとは畳のいぐさがくっつかない役割しか果たさない薄っぺらい布団が部屋の隅に折りたたまれていた。

 生活できる必要最低限のものしか揃えていない。

 菱沼先生と一緒に暮らしているとは考えにくい環境。

 よかった……のか?

 ぼくは一瞬でもほっとしてしまった自分を卑しい人間だと思った。

 紺野さんがこの部屋で過ごしている姿を想像すると心が締め付けられる。



 
< 28 / 29 >

この作品をシェア

pagetop