もしも願いが二つ叶うなら…
【2006年2月21日(火)】
撮影当日。
青山の待ち合わせ場所に到着したチカは、ケータイを取り出し、到着を知らせるメールを打つ。
|《着きました!》
すぐに返信が届いた。
|《スタジオ抜けられないから、アシスタントを迎えに行かせる》
その一文を見た瞬間、一気に緊張が高まり、ケータイを握る手が微かに震えていた。
昨夜は緊張のせいでほとんど眠れず、目の下にクマができていないか気になって仕方がない。
そんな不安をかき消すように、後ろから声がかかった。
「チカさんですか?」
「はい」
「ケンさんの代わりに迎えに来たリョウタです。スタジオはこちらです」
彼が手で示す方向へと歩き出す。
案内されたのは、ガラス張りのオシャレなビルだった。
ビルの一角に掲げられた「A14スタジオ」の文字を前にして、チカの足が一瞬すくむ。
中へ入ると、そこには洗練された空間が広がっていた。
すぐ目の前ではカメラテストが行われており、フラッシュの光が眩しく弾けるたびに、チカの緊張はさらに高まっていく。
「こちらでお待ちください」
リョウタに案内されたヘアメイクブース。彼はそのまま液晶モニターの前に立つケンのもとへ向かい、耳打ちをする。
すると、ケンがチカの方へと歩み寄ってきた。
「休みなのに、ありがとう」
「いえ、全然!」
「もう少しだけ、待ってて」
そう言ってチカの隣に座っていた別のモデルへと向き直り、スキンチェックを済ませると、そのままカメラ前へと導く。
「まずはビフォーから撮っていくね」
カメラマンが優しく声をかけ、カメラを構える。
数回、シャッター音がスタジオに響いた。
撮影が終わると、モデルはチカの隣の席に戻り、ケンの手でメイクが始まる。
そのあいだも、別のモデルのビフォー撮影が続いていた。
「リョウタ。こちらのモデルさん、衣裳に着替えてもらったら、下地までお願い」
ケンは右手でメイクを施しながら、左手でチカの席を指さす。
手渡された衣装を受け取り、更衣室へと案内されたチカは、いつもの仕事着とはまるで違う、可愛らしいコーディネートに袖を通す。
着替えを済ませてブースに戻ると、すぐにメイクアシスタントが横に立ち、下地づくりが始まった。
隣では、ケンの手によって別のモデルが数分で完璧に仕上げられ、撮影ポジションへと立たされていた。
いよいよ、プロの現場での本番が始まる。
「まずはテストショットいきます」
穏やかなカメラマンの声とともに、シャッターの音が重なる。
パシャッ……ピーピー……
ケンはデジタルカメラの液晶に映った写真を確認し、小さく頷いた。
「じゃあ撮っていくね!」
カメラマンの明るい声とともに、フラッシュが何度も光を放つ。
ケンはモデルの様子を静かに見守りながら、やがて視線をパソコンの液晶モニターへと移した。
チカは、化粧水を肌に馴染ませられながら、その洗練された撮影の空気に息を呑んでいた。
――普段、何気なく眺めていたファッション誌って、こんなふうに作られていくんだ……。
感動とも呼べる気持ちに胸を打たれていたその時、一人目のモデルの撮影が終了し、スタッフからチカの名前が呼ばれた。
ビフォー撮影のため、メイクアシスタントに導かれカメラの前へ。
「君、肌に透明感があって綺麗だね!」
不意を突かれた褒め言葉に、チカの頬がふわりと緩んだ。
パシャッ……ピーピー……
「可愛いから、モデルとしてやっていけそうだよ!」
さらなる言葉に、胸が高鳴る。
パシャッ……ピーピー……
声をかけられながら数カットを撮影し、ビフォーの撮影が無事終了。
プロのカメラマンは、やっぱりすごい。立ち位置に立った瞬間は緊張で身体が強張っていたけれど、明るく穏やかな声がけのおかげで、少しずつ心がほどけていった。
席へ戻ると、すぐにケンが横に立ち、優しい声をかけてくれる。
「お疲れ様。じゃあ、ヘアセットとメイクを始めるね」
その言葉と同時に、ケンの指先がチカの髪に触れる。
温かくて、柔らかい。
流れるような手さばきで髪を整え、顔のパーツひとつひとつに合うよう、緻密に、そして迷いなくメイクが施されていく。
鏡の中の自分が、みるみる変わっていくのが分かる。
まるで――新しく生まれ変わったみたい。
完成した自分の姿に、チカはしばし目を奪われた。
これが、本当の私?
自信がないと言っていた自分が、こんなにも美しくなれるなんて。
夢のような気持ちのまま、チカは撮影スペースへと案内される。
「お願いします」
ケンがカメラマンに声をかけ、いよいよ撮影が始まろうとしていた。
チカの膝が小刻みに震える。
緊張で、立っているのがやっとだった。
「まず、テストショットいこう!」
パシャッ……ピーピー……
デジタルカメラの液晶画面を確認したケンが、ゆっくりとチカのそばに近づいてくる。
「俺が近くで見てるから、大丈夫」
笑顔に変える魔法の言葉に、チカは小さく頷いた。
「じゃあ、撮っていくね!」
カメラマンがにこやかに声をかけ、再びシャッターを切る。
「メイクして、さらに可愛くなったね!」
パシャッ……ピーピー……
「いい感じ! やっぱりモデルの素質あるよ!」
パシャッ……ピーピー……
すべてが初めての経験で、驚きと緊張の連続だった。
今までは見る側だったファッション誌。その誌面の中に、自分が撮られる側として立っている――。
信じられないような、不思議な感覚だった。
「入ります」
ケンの声が響いた瞬間、シャッター音が一度止まる。
チカのもとへ向かう途中、ふと視界にかかった前髪を、ケンは自然な仕草で耳にかけた。
その瞬間――
スタジオのライトスタンドの光と交差して浮かび上がった、首元の傷。
白く変色し、まるで一部の皮膚が死んでしまったかのように点々と残るその跡は、まるで雪の結晶のようだった。
「お願いします」
ヘアとメイクを整え直したケンの声とともに、再びシャッター音が鳴り響く。
――変わった古傷。
大きな傷ではない。
けれど、なぜだろう。
チカの胸には、妙なざわめきが残った。
気になったのは、傷跡そのものではない。
その裏にある「理由」だった。
「ラスト! お疲れ様!」
カメラマンの声と同時に、緊張の続いた撮影は無事終了した。
席に戻ったチカは、張り詰めていた糸がぷつりと切れたように、椅子へと座り込む。高鳴っていた鼓動も、ようやく少しずつ落ち着いてきた。
しばらくすると、作業を終えたケンが近づいてくる。
「お疲れ様。疲れた?」
「少しだけ。でも、楽しかったです!」
「今日は本当に助かった。ありがとう」
そう言ったタイミングで、ケンのケータイが鳴った。
「ちょっと出てくる」
ケンは手短に言い、耳にケータイを当てながらスタジオの外へと出ていった。
チカは衣裳から着替えを済ませ、再び席に戻ると、誰かの足音がゆっくりと近づいてくる。
「お疲れさま! カメラマンのニヘイです!」
「お疲れさまです!」
「撮影のときから見覚えあるなって思ってたんだけど……この前の美容室の子だよね?」
「覚えててくれたんですね! 改めまして、チカと申します! よろしくお願いします!」
「うんうん、こちらこそよろしくね! これからもちょいちょい顔合わせるだろうし、俺のことは下の名前で“ユウさん”とでも呼んでよ。その方が気楽でしょ?」
あまりの親しみやすさに、チカは少し戸惑いながらも、どこか認められたような気がしてうれしくなった。
「それじゃあ、お言葉に甘えて……そう呼ばせていただきます」
「おっけーおっけー。そんなに堅くならないでよ!」
ユウは明るく笑い飛ばす。
「そうそう、ちょっと聞きたかったんだけど……チカちゃん、普段もスッピン派?」
「はい。マスカラを少しと、グロスをつけるくらいです。……どうしてですか?」
「いやさ、打ち合わせの時に、どんな子がモデルなのかケンに聞いたのね。そしたら、“食べ物でいうとスポンジケーキ”って言っててさ。“何も飾ってないスポンジケーキ”って」
「えっ……どういう意味なんでしょう?」
「俺も最初は意味がわかんなかったけどさ、ケンが言うには――『美しいケーキに生まれ変わる素質のある子』だって。生クリームとかイチゴで飾り付けすれば、見違えるほどになるってさ」
「なんか、芸術家みたいな表現ですね……」
「でしょ? あいつ、ちょっと変わってんのよ。でもね――」
ユウは言葉を選ぶように一拍置き、ふっと目を細めた。
「俺が趣味でやってる作品撮りのときもさ、ケンって、こっちがイメージしてたのとは違うものを仕上げてくるのよ。でもそれがまた、妙に良くてさ。楽しそうに、イキイキとメイクしてる姿を見てると、つい夢中でシャッター切ってる自分がいるんだよね。……だからかな。ケンと組むの、嫌いじゃないんだ」
その言葉のあと、ユウはやわらかい笑みを浮かべた。
「ケン、もうすぐ戻ってくると思うから、もうちょい待っててね」
「はい! ありがとうございます!」
やっぱり、誰が見ても魅力的なメイクなんだ――。
そんな感嘆が胸に広がった瞬間、チカのケータイが鳴った。
|《ケータイ買ってもらったよ! ユウカ》
チカは思わずニヤけながら、ケータイを握りしめて返信を書き始める。
|《連絡ありがとう! 今日は何してるの?》
|《今日は週一の診察日だから、今から病院!》
そのタイミングで、スタジオに戻ってきたケンが、まっすぐチカのもとへ駆け寄ってきた。
「今日は本当にありがとう。昼飯でも誘いたいとこなんだけど、このあとまた仕事が入っててさ」
「大丈夫です! 私もこのあと、ユウカちゃんと会う約束があるので!」
「そっか。じゃあ、今度改めてお礼させて。ユウカにも、よろしく伝えといて」
「はい!」
また会える理由ができただけで、チカの胸はふわりと軽くなる。
ケンに見送られながらスタジオを後にしたチカは、再びケータイを開いた。
|《私も病院に向かうから、少し会って話そう!》
そうユウカにメールを送り、電車に揺られながら病院へと向かった。
撮影当日。
青山の待ち合わせ場所に到着したチカは、ケータイを取り出し、到着を知らせるメールを打つ。
|《着きました!》
すぐに返信が届いた。
|《スタジオ抜けられないから、アシスタントを迎えに行かせる》
その一文を見た瞬間、一気に緊張が高まり、ケータイを握る手が微かに震えていた。
昨夜は緊張のせいでほとんど眠れず、目の下にクマができていないか気になって仕方がない。
そんな不安をかき消すように、後ろから声がかかった。
「チカさんですか?」
「はい」
「ケンさんの代わりに迎えに来たリョウタです。スタジオはこちらです」
彼が手で示す方向へと歩き出す。
案内されたのは、ガラス張りのオシャレなビルだった。
ビルの一角に掲げられた「A14スタジオ」の文字を前にして、チカの足が一瞬すくむ。
中へ入ると、そこには洗練された空間が広がっていた。
すぐ目の前ではカメラテストが行われており、フラッシュの光が眩しく弾けるたびに、チカの緊張はさらに高まっていく。
「こちらでお待ちください」
リョウタに案内されたヘアメイクブース。彼はそのまま液晶モニターの前に立つケンのもとへ向かい、耳打ちをする。
すると、ケンがチカの方へと歩み寄ってきた。
「休みなのに、ありがとう」
「いえ、全然!」
「もう少しだけ、待ってて」
そう言ってチカの隣に座っていた別のモデルへと向き直り、スキンチェックを済ませると、そのままカメラ前へと導く。
「まずはビフォーから撮っていくね」
カメラマンが優しく声をかけ、カメラを構える。
数回、シャッター音がスタジオに響いた。
撮影が終わると、モデルはチカの隣の席に戻り、ケンの手でメイクが始まる。
そのあいだも、別のモデルのビフォー撮影が続いていた。
「リョウタ。こちらのモデルさん、衣裳に着替えてもらったら、下地までお願い」
ケンは右手でメイクを施しながら、左手でチカの席を指さす。
手渡された衣装を受け取り、更衣室へと案内されたチカは、いつもの仕事着とはまるで違う、可愛らしいコーディネートに袖を通す。
着替えを済ませてブースに戻ると、すぐにメイクアシスタントが横に立ち、下地づくりが始まった。
隣では、ケンの手によって別のモデルが数分で完璧に仕上げられ、撮影ポジションへと立たされていた。
いよいよ、プロの現場での本番が始まる。
「まずはテストショットいきます」
穏やかなカメラマンの声とともに、シャッターの音が重なる。
パシャッ……ピーピー……
ケンはデジタルカメラの液晶に映った写真を確認し、小さく頷いた。
「じゃあ撮っていくね!」
カメラマンの明るい声とともに、フラッシュが何度も光を放つ。
ケンはモデルの様子を静かに見守りながら、やがて視線をパソコンの液晶モニターへと移した。
チカは、化粧水を肌に馴染ませられながら、その洗練された撮影の空気に息を呑んでいた。
――普段、何気なく眺めていたファッション誌って、こんなふうに作られていくんだ……。
感動とも呼べる気持ちに胸を打たれていたその時、一人目のモデルの撮影が終了し、スタッフからチカの名前が呼ばれた。
ビフォー撮影のため、メイクアシスタントに導かれカメラの前へ。
「君、肌に透明感があって綺麗だね!」
不意を突かれた褒め言葉に、チカの頬がふわりと緩んだ。
パシャッ……ピーピー……
「可愛いから、モデルとしてやっていけそうだよ!」
さらなる言葉に、胸が高鳴る。
パシャッ……ピーピー……
声をかけられながら数カットを撮影し、ビフォーの撮影が無事終了。
プロのカメラマンは、やっぱりすごい。立ち位置に立った瞬間は緊張で身体が強張っていたけれど、明るく穏やかな声がけのおかげで、少しずつ心がほどけていった。
席へ戻ると、すぐにケンが横に立ち、優しい声をかけてくれる。
「お疲れ様。じゃあ、ヘアセットとメイクを始めるね」
その言葉と同時に、ケンの指先がチカの髪に触れる。
温かくて、柔らかい。
流れるような手さばきで髪を整え、顔のパーツひとつひとつに合うよう、緻密に、そして迷いなくメイクが施されていく。
鏡の中の自分が、みるみる変わっていくのが分かる。
まるで――新しく生まれ変わったみたい。
完成した自分の姿に、チカはしばし目を奪われた。
これが、本当の私?
自信がないと言っていた自分が、こんなにも美しくなれるなんて。
夢のような気持ちのまま、チカは撮影スペースへと案内される。
「お願いします」
ケンがカメラマンに声をかけ、いよいよ撮影が始まろうとしていた。
チカの膝が小刻みに震える。
緊張で、立っているのがやっとだった。
「まず、テストショットいこう!」
パシャッ……ピーピー……
デジタルカメラの液晶画面を確認したケンが、ゆっくりとチカのそばに近づいてくる。
「俺が近くで見てるから、大丈夫」
笑顔に変える魔法の言葉に、チカは小さく頷いた。
「じゃあ、撮っていくね!」
カメラマンがにこやかに声をかけ、再びシャッターを切る。
「メイクして、さらに可愛くなったね!」
パシャッ……ピーピー……
「いい感じ! やっぱりモデルの素質あるよ!」
パシャッ……ピーピー……
すべてが初めての経験で、驚きと緊張の連続だった。
今までは見る側だったファッション誌。その誌面の中に、自分が撮られる側として立っている――。
信じられないような、不思議な感覚だった。
「入ります」
ケンの声が響いた瞬間、シャッター音が一度止まる。
チカのもとへ向かう途中、ふと視界にかかった前髪を、ケンは自然な仕草で耳にかけた。
その瞬間――
スタジオのライトスタンドの光と交差して浮かび上がった、首元の傷。
白く変色し、まるで一部の皮膚が死んでしまったかのように点々と残るその跡は、まるで雪の結晶のようだった。
「お願いします」
ヘアとメイクを整え直したケンの声とともに、再びシャッター音が鳴り響く。
――変わった古傷。
大きな傷ではない。
けれど、なぜだろう。
チカの胸には、妙なざわめきが残った。
気になったのは、傷跡そのものではない。
その裏にある「理由」だった。
「ラスト! お疲れ様!」
カメラマンの声と同時に、緊張の続いた撮影は無事終了した。
席に戻ったチカは、張り詰めていた糸がぷつりと切れたように、椅子へと座り込む。高鳴っていた鼓動も、ようやく少しずつ落ち着いてきた。
しばらくすると、作業を終えたケンが近づいてくる。
「お疲れ様。疲れた?」
「少しだけ。でも、楽しかったです!」
「今日は本当に助かった。ありがとう」
そう言ったタイミングで、ケンのケータイが鳴った。
「ちょっと出てくる」
ケンは手短に言い、耳にケータイを当てながらスタジオの外へと出ていった。
チカは衣裳から着替えを済ませ、再び席に戻ると、誰かの足音がゆっくりと近づいてくる。
「お疲れさま! カメラマンのニヘイです!」
「お疲れさまです!」
「撮影のときから見覚えあるなって思ってたんだけど……この前の美容室の子だよね?」
「覚えててくれたんですね! 改めまして、チカと申します! よろしくお願いします!」
「うんうん、こちらこそよろしくね! これからもちょいちょい顔合わせるだろうし、俺のことは下の名前で“ユウさん”とでも呼んでよ。その方が気楽でしょ?」
あまりの親しみやすさに、チカは少し戸惑いながらも、どこか認められたような気がしてうれしくなった。
「それじゃあ、お言葉に甘えて……そう呼ばせていただきます」
「おっけーおっけー。そんなに堅くならないでよ!」
ユウは明るく笑い飛ばす。
「そうそう、ちょっと聞きたかったんだけど……チカちゃん、普段もスッピン派?」
「はい。マスカラを少しと、グロスをつけるくらいです。……どうしてですか?」
「いやさ、打ち合わせの時に、どんな子がモデルなのかケンに聞いたのね。そしたら、“食べ物でいうとスポンジケーキ”って言っててさ。“何も飾ってないスポンジケーキ”って」
「えっ……どういう意味なんでしょう?」
「俺も最初は意味がわかんなかったけどさ、ケンが言うには――『美しいケーキに生まれ変わる素質のある子』だって。生クリームとかイチゴで飾り付けすれば、見違えるほどになるってさ」
「なんか、芸術家みたいな表現ですね……」
「でしょ? あいつ、ちょっと変わってんのよ。でもね――」
ユウは言葉を選ぶように一拍置き、ふっと目を細めた。
「俺が趣味でやってる作品撮りのときもさ、ケンって、こっちがイメージしてたのとは違うものを仕上げてくるのよ。でもそれがまた、妙に良くてさ。楽しそうに、イキイキとメイクしてる姿を見てると、つい夢中でシャッター切ってる自分がいるんだよね。……だからかな。ケンと組むの、嫌いじゃないんだ」
その言葉のあと、ユウはやわらかい笑みを浮かべた。
「ケン、もうすぐ戻ってくると思うから、もうちょい待っててね」
「はい! ありがとうございます!」
やっぱり、誰が見ても魅力的なメイクなんだ――。
そんな感嘆が胸に広がった瞬間、チカのケータイが鳴った。
|《ケータイ買ってもらったよ! ユウカ》
チカは思わずニヤけながら、ケータイを握りしめて返信を書き始める。
|《連絡ありがとう! 今日は何してるの?》
|《今日は週一の診察日だから、今から病院!》
そのタイミングで、スタジオに戻ってきたケンが、まっすぐチカのもとへ駆け寄ってきた。
「今日は本当にありがとう。昼飯でも誘いたいとこなんだけど、このあとまた仕事が入っててさ」
「大丈夫です! 私もこのあと、ユウカちゃんと会う約束があるので!」
「そっか。じゃあ、今度改めてお礼させて。ユウカにも、よろしく伝えといて」
「はい!」
また会える理由ができただけで、チカの胸はふわりと軽くなる。
ケンに見送られながらスタジオを後にしたチカは、再びケータイを開いた。
|《私も病院に向かうから、少し会って話そう!》
そうユウカにメールを送り、電車に揺られながら病院へと向かった。