- π PI Ⅱ -【BL】
風で揺れる電飾の一部も、桐ヶ谷が夢に描いていたようなマイホームに植えられたプランターの葉も、
道路の窪みに溜まった水溜りの波紋も、桐ヶ谷のコートの裾も、
どれもが時間を止めて―――
ああ…あのときと同じだ。
あのとき―――つい一ヶ月ほど前に桐ヶ谷が俺の家に泊まりにきたとき。
確かあの変態と喧嘩して家を飛び出してきて、行くあてもなかったあいつを俺が泊めたんだった。
あいつは無防備に布団に包まり、最初は向こう側を向いていた。
サラサラしたさわり心地のよさそうな漆黒の髪が、白いうなじにちょっとかかっているのを見て―――
ドキリとした。
定期的な寝息が聞こえて、華奢な肩が上下していた。
あのときも窓は開け放たれていて、風でカーテンなんかがなびいていた。テレビ台の上に置いた日めくりカレンダーも…
だけどその瞬間、それらのすべてが動きを止め―――
俺の中で桐ヶ谷だけがリアルに時を刻んでいたんだ。
桐ヶ谷の心地よさそうな寝息だけが耳に響いて、風で舞ってきた石鹸の香りだけが鼻腔に届いて、
「……んー…」
眉を寄せながら桐ヶ谷がこちらに寝返りを打ち、布団をちょっと引き上げている。
無意識だろう。寒そうにちょっと肩を撫でて、それでもまたすぐに寝息が聞こえてきた。
長い睫が頬に影を落としていて、時々僅かにまぶたが震える。
きめ細やかな肌に、淡い色をした唇―――
目が釘付けだった。