Hamal -夜明け前のゆくえ-
「母さん、早く準備しないと。僕も学校――」
「ダメよっ!!」
目を見開くと、声を張った母さんはハッとしてあちらこちらに視線を泳がす。
「あ、のね……鍵、家の鍵を失くしちゃってね? だから留守番をしててほしいの」
「……」
「お勉強なら家でもできるでしょ? ね、壱佳。それに壱佳は頭がいいから、たまにはサボッたって平気よね?」
ずきん、と額の傷が痛む。
「今日中に見つからなかったら、大家さんに連絡して新しいの作ってもらうわね?」
「……急がなくていいよ」
なにをバカなことを。
「あ、お腹空いてる? 準備するから――壱佳、この服脱いで?」
もう、めちゃくちゃだね。
「ご飯はいらないから、着替えて寝るね」
するりと母さんの手から逃れた代わりに、袖に血の付いたパーカーを脱いで手渡した。
「いってらっしゃい」
「うん。おやすみ、壱佳」
自室に入るまで感じていた母さんの視線は、襖が完全に遮断してくれる。
敷きっぱなしの布団を前にしても寝転ぶことはせず、襖を背にしゃがみ込んだ。そのとき、ジーンズのポケットになにか入っていることに気付く。
ああ……そういえば、鈴さんに薬をもらったんだった。
ぼんやりとそんなことを思い出しながら、母さんが仕事へ行くまで、抱えた膝に顔を埋めていた。
それから4日間、僕は家から1歩も出してもらえなかった。