Hamal -夜明け前のゆくえ-
――病院。
頭をよぎった単語を1秒もしないうちに掻き消した。
玄関から放り出されたままの状態だった体を起こし、手に付いた砂を払う。
視界の隅に入ったスニーカーは無造作に横たわっていた。
痛む前頭部に眉を寄せながら、液体が肌を這う感覚にこめかみのあたりを拭う。
ぬるりと不気味な感触は胃の底をねじり、指に付着した赤の鮮やかさは異常に見えた。
いつ切れたんだろ……。
殴られた瞬間?
一升瓶が割れた瞬間?
だとしたら、ガラスの破片は傷口に入ってたりしないかな。
そんなに深いわけでもなさそうだから大丈夫かな。血もそのうち固まってくれたらいいんだけど――。
びくっと大袈裟なほど肩が動く。
背後から響いた生活音に律動的だった拍動が一瞬で乱れ、呼吸の仕方さえ忘れた気がした。
ドッ、ドッ、と激しさを増した脈に呼応するかのように、背後の戸口からは聞き慣れた男女の笑い声が聞こえる。
……傷のことを考えたって仕方ない。
答えはいつだってひとつなんだ。なにを考えてもなにを心配しても、取り越し苦労に終わる。
これ以上考えぬよう、追い出されたあとに投げ付けられたスニーカーへ、足を突っ込んだ。