Hamal -夜明け前のゆくえ-
「来たなら声かけろよ」
「……し、き……」
「あ? なんて言った?」
真っ白になっていた頭に段々と色が戻ってくる。
だけど心の底から湧きあがる恐怖は確かにあって、部屋に踏み込むことができない。
……変に思われる。なんだよって言われてしまう。わかっているのに動けない。
着替えていた祠稀がベルトを締める。ソファーからTシャツを取り上げ、立ちすくむ僕に視線を寄こす。
そして僕の態度を一蹴するみたいに、くっとせせら笑った。
「殴られる痛みと大差ねえよ」
そう言って微笑んだ。
言葉の意味を理解していたけど、それでも祠稀は笑ったから、涙がこみ上げた。
痛みに差があるのかなんてわからない。
僕は、殴られても蹴られても痛い。素手だろうが物だろうが足だろうが言葉だろうが、痛くて堪らない。
でも、祠稀のそれは僕の比じゃないと思った。それだけは確かだと思った。
だって僕は背中に煙草を押しつけられたことなんてない。切られたことだってない。
火傷を負ったことも、切り傷を負ったこともあるけど。故意的に与えられたことなんて、ない。
額の傷はたまたま、偶然、運が悪かっただけで……。