断崖のアイ
 4歳になった幼子(おさなご)がベルハースの後ろを歩く──ここは別棟の研究施設だ。

 淡い緑に塗られた壁の建物は、ベリルがいる棟と同じ造りだが示されている道標の名称が異なっていた。

 ここには誰かに何かを学ばせる施設など一切なく、白衣を着た男女が小さな声で談笑しながら行き交っている。

「入りたまへ」

 立ち止まった男がベリルを室内に促す。白いスライドドアが微かな音を立てて開き、目の前の光景を無言で見つめた。

 ベビーベッドのように囲いのあるデスクに入れられたいくつもの動く影……それらは呻き声や唸り声を上げながら、白衣の人々に採血や点滴をされている。

 姿は人であるものや、人と呼べるのか解らないものまでがいた。ざっと数えると、この部屋だけで数十体ほどがいるだろうか。

「解るかね。お前だけが、ただ一つなのだ。お前こそが選ばれた者なのだ」

 無言で眺める幼子の頭に手を乗せて低く発する。

「彼らは……」

「今後の研究に貢献してくれているのだ」

 発してベリルを外に促した。

「データにはおよそ6000体とありましたが」

 彼の背中に問いかける。

「それぞれに適正な区分けをして研究が続けられている。半数はすでに死亡しているとも書かれていたはずだ」

「そうでした」

 感情が見て取れない声だが、知っていて質問した事はベルハースには解っていた。
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