空しか、見えない
 のぞむには、自覚がないのだ。他人を、少なくとも佐千子の心をかき乱しているのを、わかっていないのだ。
 だからこそ、自分は遠泳をしようなどと言い出したのだ。こんな曖昧でふがいない気持ちを吹き払うためにも、遠泳に向かって夢中になりたかったのだと、佐千子は改めて自分の胸の内を確認する。

「やっぱり、俺は、もう一度サチと話がしたいよ」

 のぞむの掠れた声が、電話越しに、やけにまっすぐにそう届いた。声は、さらに続いた。
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