空しか、見えない
「そうだったよね。トラコなんかも、岩井で合宿するんだったね」

 そう言ったのは、千夏だ。トラコというのは、トランペット鼓笛隊の略だ。
 強い光が、子どもたちの影をそれぞれの路地に映し出す。すでに真っ黒に日焼けした子どもたちは、バスタオルを羽織って、もう遠泳を無事に終えた後なのか、晴れやかな顔をしている。
 子どもたちに混じると、自分たちはずいぶん老けた遠泳チームではないか。佐千子は、急に少し気恥ずかしいような思いに包まれ始めるが、マリカは屈託なくこう言った。

「ねえ、麦わら帽子買わなくちゃね。ごじべえさんに着いたら、すぐ買いに行こう。みんなでお揃いの、かぶろうね」

 女子は赤いギンガムチェックの縁取り、男子は紺色の縁取り、それぞれとも布のあご紐も、ついていた。帽子には、それぞれマジックインキで大きく名字が書き込まれた。
 それをかぶって、遠泳合宿中はどこへも移動したのだった。

「いろいろ、忘れてるものね」

 そう言うマリカの声に、佐千子は自分の思いを重ねる。
 千夏は、すれ違う人の流れに、ゆっくり速度を落とした車の窓から、顔を出して呟く。

「みんな、遠泳終わったの?」

 小学生の隊には、そんな声までかけて手を振っている。
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