空しか、見えない
 佐千子には、岩井へ到着してから、今こうして遠泳本番を迎えるまでの時間が、すべて夢の中の出来事のように思えて仕方がない。
 けれど、夢であっては嫌だった。
 初日のうちに、旧交を温め合うもつかの間、皆で水着に着替え、浅瀬から泳ぎ始めた。
 夜になっても、興奮して、なかなか寝付けなかった。

「今年は、ホタルがすごくてさ。見に行きたいだろう?」

 民宿に泊る子どもたちが寝静まった時間に、懐中電灯を持って部屋を訪ねてくれたのは、ごじべえのおじさんだった。
 ゴスケを番犬に、みんなで山側の清流まで出かけた。
 ホタルの灯りは、草むらの上で、ゆらりゆらりと流れるように線を描いていく。灯りが、あちらでほっ、こちらでほっと点滅するのを見ていると、佐千子には余計に夢うつつに思えた。
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