フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「婚約者だろううと、既婚者だろうと、悪い虫は寄ってくるものだ。そして、これがまたタチが悪い。欲しいと思ったら、何としてでも手に入れようとする。それが物でも人間だとしても」


違和感を覚えた。


「そういうものなの?」


「そう。悪い虫は極悪非道さ。ぼくが知る限りでは、そうだ」


ハルは、悪い虫の被害に遭った事があるのだろうか。


「腹黒いったらない」


まるでその正体を熟知しているようなその口ぶりに、妙な違和感を覚えた。


「だから、そのネックレスは外さないと約束して。いいね」


「……ええ。分かった」


「なら、いい」


と、心から満足そうにハルは笑った。


「悪い虫に効果テキメンなんだ。そのネックレスが。本当だよ」


そして、呪文を唱えるように、いつもの台詞を言った。


「ぼくは、嘘を、つかない」













18時過ぎにカシミアのコートに身を包んで、マンションを出た。


年の瀬が迫るこの時期は普段より少し人足が多く賑やかではあるけれど、日が暮れた街はとにかく寒かった。


桔平と合流したのは、プリンスホテル間近のコンビニだった。


「か、し、わ、ぎ、さん」


ブックコーナーで経済雑誌を熟読している、スーツにコート姿桔平の背中を叩く。


弾かれたように振り向いた桔平が、何だ、東子か、と笑った。


「柏木さん、なんて言うから、誰かと思った」


「こんな時まで仕事熱心なのねえ。たまには家族サービスしなさい」


何をそんなに夢中になって読んでいたのか、と雑誌を覗き込んだ。


「なになに、九条グループの……御曹司が」


と、その時、雑誌をパタリと閉じて、桔平が苦笑いした。


「あああ。どうせまた、繭が愚痴をこぼしたんだろ。家族サービスね。分かったよ」


「お願いよ。繭、寂しがっているんだから」


「はいはい」


と桔平は困ったように笑って、足元のビジネスバッグを肩に掛けて、


「助かるよ、本当に。今夜はよろしくお願いします」


とかしこまって頭を下げて来た。

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