フィレンツェの恋人~L'amore vero~
施設に居た頃はやんちゃで勉強が何よりも嫌いだった、桔平。


だけど25歳になった今、桔平は立派な社会人になっている。


そして、私たちの知らない大きな世界で仕事をしているのだから。


「行こうか」


と、桔平が私をエスコートする。


こんなふうに、紳士的な振る舞いをする友人はやっぱり、少し遠い。


「いらっしゃいませ」


入ると、光沢のある黒いタキシード姿の男が紳士に一礼した。


「お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」


「19時に、鷹司様とのディナーを予約している、柏木ですが」


「有り難う御座います。先程、鷹司様がお見えになりました。ご案内致します」


「よろしく」


仄暗い空間に、無数のキャンドルライトがぼんやりと灯る、店内。


「店内、少々暗くなっております。足元にお気を付け下さい」


ウエイターの案内に着いて行くと、白髪交じりの髪の毛と清潔感のある短髪頭の男性ふたりがそのテーブルに座って、何かを話し込んでいる様子だった。


「鷹司様」


ウエイターが、ふたりに一礼する。


「柏木様とお連れ様が、お見えになりました」


「ああ。そうか。有り難う」


ハリウッドスターのような、渋い声だった。


「鷹司様。申し訳ありません。本来ならば、こちらが先に到着していなければならないところ」


申し訳なさそうに桔平が声を掛けると、


「いやいや、謝らないでくれ。私どもの予定が急遽変更になったものだから。なあ、コウ」


と席を立ち、白髪交じりの男が振り向く。


「そうですよ。だから、時間通りに行こうと言ったのです。父さん」


同時に、彼も。


「初めまして、だな。柏木くん。楽しみにしていたよ。今夜は有意義なひとときを」


と桔平に手を伸べて来たのが、まさに鷹司グループ会長。


鷹司 一郎(たかつかさ いちろう)だった。


「この度はこのような席を設けていただき、感謝します。どうぞ、よろしくお願いします」


その肉付きのいい手を、桔平は丁重に両手で握り返した。


鷹司一郎は思い描いていたより遥かに背が低く、でも、その恰幅の良さが威圧感に輪をかけていた。


「そちらの素敵な女性は」


鷹司一郎の視線が、私一点に注がれる。


少し、緊張した。
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