フィレンツェの恋人~L'amore vero~
毛穴の奥底、髪の毛先、爪と指の隙間、小さなしわ。


ワイングラスを口へ運ぶ時も、フォークやスプーン、ナイフを掴む時も。


私が愛想笑いをする時も。


隅から隅まで。


食べ終えた食器に残るソースをべろりと舐める舌のような、あのじっとりとした切れ長の目。


タカツカサ、コウ。


彼は終始、正面から堂々と私を見つめていた。


あの刺すような視線出す目を思い出すだけで、背中がゾクッとする。


まるで、生い茂った草の陰から獲物の行動を監視する、黒豹のような目。


私はテーブルに伏せながら、ガラス越しに夜空を見つめた。


「……ない」


今夜は、星が見えない。


空は真っ黒で、今夜はアルテミスの姿もない。


30階から見える下界は賑やかなのに。


街を飲み込むように、ネオンが競いながら輝いている。


だけど、安物だなあと思う。


体を起こして携帯電話を開く。


時刻は、20時30分。


「まだこんな時間なの」


ふと、クリスマス・イヴの夜を思い出した。


あの夜、ハルと一緒に見た星空の方が、今目の前に見えるネオンより明るくて、美しかった。


こんな作り物の明りではなくて、高価な輝きだった。


そうだ。


ハル。


「あの子、ご飯食べたのかしら」


パプリカも知らないような子が、調理などできるのだろうか。


妙に気がかりで電話を掛けようとして、無駄な事に気付く。


ハルの携帯電話のナンバーが、分からないのだ。


部屋に繋いでいる電話に掛けてみようかとも考えたけれど、それもやめる事にした。


おそらく、ハルは出ないだろうと直感したからだ。


なぜそう思うのかと聞かれても答えられないけれど、そんな気がした。


「帰ったら、聞いてみようかしら」


ハルの、ナンバー。


でも、と思う。


それも、教えてはくれないのではないかと。


きっと、こう言うわ。


ハルの真似をしてみる。


「教えたくないんだ。聞かないで」


と、とても困った顔をして。


そうに決まっている。


妙に可笑しくて、ふふっと笑った時、


「楽しそうですね」


静かな低い声に背中を叩かれた。
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