フィレンツェの恋人~L'amore vero~
私はそっぽを向きながら、トゲトゲしい言い方をした。


「世界を股に掛ける大企業の社長さんは、商売気がないものなんですね」


皮肉をたっぷり込めて嫌味たらしく言ったのに、


「そうでしょう! いや、そうでしょう!」


と彼はまるで、初めてのテストでいい点数を取って親に褒められた小学生のように声を張り上げた。


呆気にとられてしまった。


ハルも変な子だけれど、この男もかなり変だ。


「地位や金儲けなんて、僕にはどうーっでもいい事なんです」


どうーっでも、だなんて。


本当に、変な人……。


一流企業の社長って、もっとこう。


学歴の自慢とか、将来はこういう企業を目指している、とか。


もっと、こう……。


ちらり、と視線を向けると、彼も私を見つめていた。


「あの……」


「何ですか? 偽物さん」


「……分かりました。白状します。私は、柏木の妻ではありません」


「認めましたね」


「ええ。ばれてしまったのは仕方ありませんから。ですから、偽物と呼ばないでいただけますか?」


「いいでしょう。なら、条件です」


彼が出して来た条件は、実名を教えて欲しい、という事だった。


「……牧瀬です。牧瀬、東子です」


「マキセ、トウコ、さん。名前は本当だったのですね」


「はあ」


すると、彼は「ありがとう」とだけ言ってようやく、私から視線を外した。


じっと、ガラスの向こうのネオンを見つめている。


「あの、聞かないのですか?」


今度は、私から質問した。


「なぜ、こんなつまらない事をしたのか。柏木の妻をよそおったりしたのか」


彼と目が合う。


「僕はそんなつまらない事に興味はない。知りたいとも思わない」


「……そうですか」


内心、ほっとした。


この男にそこを突かれたりでもしたら、終わりだと思った。


そして、完璧に嘘を貫き通す自信もなかった。

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