フィレンツェの恋人~L'amore vero~
この男は、鋭い。


おそらく、素人がこの身を天に捧げるほどの演技をしたとしても、通用しないのではないかと思う。


根掘り葉掘り聞かれたら、そのうちばれていたのかもしれない。


私や桔平の、生い立ちが。


「もうひとつ、質問してもいいですか?」


と彼が言う。


「何でしょうか」


すると、彼はスーツの胸ポケットからLOUIS VUITTONのダミエの手帳と木製の万年筆を抜き出した。


さすが、フランスね。


「知りたいのです」


と手帳と万年筆を私の前に置いた。


「マキセトウコ、とはどのように書くのか。教えていただけないですか」


「これに、書けと」


私は、彼を怪訝な目で睨んだ。


「名前を書かせて、どうなさるつもりなの? もう、お会いする機会もないと思いますけれど」


「それは、分からないじゃないですか。もしかしたら、どこかで、ばったり、偶然。ね」


「ないです。貸して下さい」


もう会う事はないからいいと思った。


だから、書いた。


【牧瀬 東子】


「ひがし、に、こ、で東子ですか」


「ええ」


ふうん、と彼は頷きながら万年筆を握った。


「僕は、こういう字です」


【鷹司 煌】


「きらめき、と書いて、コウです」


「まあ。素敵なお名前ですね」


自分でも可笑しかった。


私の言い方は大根役者よりも上級の、棒読みだった。


さすがにあんまりだったかしら。


「おもしろい女性だ」


と鷹司煌はくくくと笑った。


「そんなに可笑しいですか?」


むっとする私を見て、鷹司煌はますます笑い出した。

< 133 / 415 >

この作品をシェア

pagetop