フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「それで、もうすぐ戻るとは言ったんですけど、帰っちゃって」


誰かしら。


と、悩むような事でもない。


私を訪ねて来るとすれば、桔平か慎二くらいで。


でも、慎二ではないはずだ。


「名前、聞いたんですけど……忘れちゃって」


ひひ、と平賀彰子は笑ってごまかした。


「そう」


怒る気にもならないし、責める気にもならない。


おっちょこちょいだけれど頑張り屋の美月と、要領が良くてちゃっかり者の平賀彰子。


外見は似たり寄ったりではあるけれど、正反対だ。


名前を忘れるなんてこと、美月はした事がない。


「柏木、と言っていなかった? 背の高い人だったでしょう?」


うーん、と唸って、彼女はぷるぷると小さな顔を振った。


「確かに背は高かったですけど。そういう名前じゃなかった気がします。高そうなスーツ着こなしていて、爽やかな感じ。あれ、絶対に超高級ブランドのスーツですよ」


まさか、慎二?


「心当たりあります?」


「……え……ああ、だいたい見当がついたからいいわ。大丈夫よ」


「良かったあ。あ、また来ますって言ってましたよ。連絡してみてください」


制服のブレザーを脱いで真っ白なニットセーターに着替えた平賀彰子の肩を叩く。


「平賀さん」


「はい?」


「あの、申し訳ないんだけれど」


「はあ。何ですか?」


「もし、私が居ない時にまた同じ人が来たら、帰ってもらってくれないかしら」


職場で慎二ともめるなんて、絶対に御免だわ。


えっ、と平賀彰子が目を丸くした。


「いいんですか? 何か用事があるような感じでしたけど」


「いいのよ」


慎二と話す事はもう何もないもの。


「ふうーん。何か訳ありっぽい感じですね。了解です」


平賀彰子は、少し、苦手だ。


いかにも男に媚びるような上目使いも、甘ったるい猫なで声も。


「でも、超素敵な人でした。エリートって感じで、ジェントルマンで。私が好きになる男ってとりあえずチャラいんで。ああいう紳士な感じの人って無縁だから」


「そうなの」


「そうなんです! お金にだらしなくて、女にはもっとだらしなくて。分かってはいるんですけど、私バカだからすぐ騙されちゃうんですよねえ」


今日の合コンにジェントルマンいないかなあー、と彼女はうっとりした目で天井を見つめる。
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