フィレンツェの恋人~L'amore vero~
朝、起きたその瞬間のハルの第一声。


お腹がすいたよ。


だから、食パンをトーストして、レタスとラディシュとプチトマトのサラダを作り、ベーコンを焼いて、目玉焼きを作ろうとしたら、


「ぼくがやる」


と言い出してきかなくなってしまったのだ。


「どうせまた失敗するに決まっているわ」


私は冷蔵庫の中を確認してから閉めて、


「昨日買ったばかりだったのに、もう全部無くなったわ」


そのまま冷蔵庫にもたれかかり、腕を組んだ。


ハルの料理センスは完璧なゼロだった。


ただ、オリーブオイルをしいた熱々のフライパンに、卵を割り落とすだけなのに。


ハルは、それができない。


べっしゃり、と不快な音が出て、フライパンの上で黄身が割れる。


それでもハルは諦めない。


何度も何度も挑戦する。


9つの卵が犠牲になった。


「……また買わなくちゃ」


げんなりする私に脇目もくれず、キラキラ目を輝かせて、


「見ていて、東子さん」


ハルはシンクの角に卵をコンコン叩いて亀裂を入れる。


「ぼくは今、ひとつの試練をクリアしようとしている。奇跡を起こそうとしているんだ」


この台詞も、犠牲になった卵の数だけ聞いている気がする。


熱々のフライパンの上に、ハルが卵を構える。


「うまくいったら、サエキに報告するよ」


ぐっ、と亀裂に力を込めたハルに、


「そっとよ、そーっと落とすのよ」


私は早口で言いながら隣に寄り添った。


「そっとだね。そー」


ぱこっ、と切れのいい音がして、中身がぽと……とフライパンの上に落ちた。


「「……あっ!」」


私とハルの声が、まったく同じタイミングで重なった。


そして、同時にフライパンの中を覗き込む。
< 169 / 415 >

この作品をシェア

pagetop