フィレンツェの恋人~L'amore vero~
神社は参拝客で溢れかえっていて、除夜の鐘が鳴り響いていた。


長蛇の列に並ぶ人たちを見て、ハルが溜息をつく。


「この現実を裸眼で見るなんて。とてもじゃないけど、ぼくにはできないよ」


確かに混雑していて、目が回ってしまいそうだけれども。


「今、これを外したら。ぼくはきっと、失明してしまうんだ」


ハルが人差し指で眼鏡を押し上げながら言った。


「失明したら、困る」


だて眼鏡のレンズの向こうに、エキゾチックな目が覗く。


「失明は確かに困るわね」


「だろう」


カラカラ、と音がした。


背後で、縄にくくりつけられた絵馬たちが冷たい夜風に揺れている。


境内の斜め上に、ペンキで描かれたようなヴィヴィットカラーの月が浮かんでいた。


黒い画用紙に、原色色で三日月型の穴がぽっかりと空いているように見えた。


綺麗な色の、月。


見惚れていると、背後を通った人がぶつかってきて、くくりつけられている絵馬に突っ込みそうになった。


「あっ」


「東子さん」


ハルがとっさに私の腕を掴んで引っ張った。


「大丈夫?」


「ありがとう」


「うん」


ハルが静かに微笑む。


ハルは、たぶん、3つの顔を持っていると思う。


朝、昼、夜。


朝は無邪気な子供。


「気を付けて。ぼくから離れないで。いいね」


夜は、これだ。


ハルは、夜になると妙な色気があって、急に大人びる。


朝、と、夜、のハルを私は知っている。


でも、平日の昼のハルを私は知らない。


「ねえ、ハルって、平日の昼は何をしているの? 私が仕事に行っている間。ずっと部屋でテレビばかり見ているの?」


「まさか。テレビなんか見ている時間ないから」


「じゃあ、寝ているの?」


ハルがにっこり微笑んだ。


「寝ている暇もないくらい、忙しいんだ。でも、言いたくない」


聞かないで、とハルはすうっと目を反らしてしまった。


一体、何がそんなに忙しいのだろう、何をしているのだろう、と気になって仕方がない。


「ねえ、ハル」


と話しかけた時、声を掛けられた。


「東子」
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