フィレンツェの恋人~L'amore vero~
え? 、と首を傾げると、桔平も「えっ」と一歩詰め寄って来た。


「行かなかったのかな……」


「誰が? 何の事?」


「あー、いや……実は」


と桔平がどこか都合悪そうに話し出した。


「28日の朝、電話もらって。東子の携帯の番号が知りたいって言われたんだけど。でも、勝手に教えるようなものでもないだろ。そうしたら、直接会いに行くって。だから、東子の勤務先教えたんだ」


「誰に?」


「鷹司煌」


ハッとした。


おそらく、あれだ。


私と華穂がランチに行った日。


そして同時に確信した。


平賀彰子が言っていた、ジェントルマン、を。


「会ってないのか?」


桔平に、「ええ」と頷いた。


「でも、同僚の子から聞いたわ。男の人が来たって。だけど、その時、ランチに出ていたから」


煌さんだったのね。


「でも、なぜ、私に?」


さあ、と桔平が首を傾げて考え込む仕草をした後、こんな事を言った。


「あ、でも。話したい事があるって言ってた気がするなあ。パリに帰る前に一度会って話したいって。28日の夜、日本を発つって言ってたから、今はもうパリにいるだろうけど」


「そうだったの。悪い事をしてしまったわね」


と言いながら、私はなぜかほっとしていた。


私の携帯のナンバーを安易に教えないでくれた桔平に、感謝した。


「けど、また1月に仕事の関係で日本に来るって言ってたから。また連絡来ると思うけど。どうする?」


連絡があったら番号教えた方がいいかどうか、桔平に聞かれて、私は即答した。


「教えないで……教えないで」


「分かった」


微妙な沈黙が、私と桔平を包み込む。


昔からの仲にはあり得ないような、重たさだった。


「東子さん!」


その声に振り向くと、境内へ続く長蛇の列の中から、ハルが睨むように私を見つめていた。


あの野蛮な目とはまた違う、きつい目。


「おっと。怖い目つきする子だなあ。来いってさ」


と、桔平が苦笑いする。


「本当。じゃあ、行くわね。この話はまた後で」


踵を返した私の手を捕まえて、


「待って、東子」


桔平が言った。


気を付けろよ、と。


とても心配そうな目で。

< 177 / 415 >

この作品をシェア

pagetop