フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「ぼくから離れないと約束してくれるね。いいね」


声を出すことができなかった。


だから、その目を見つめ返しながら、頷いた。


真っ黒な瞳の中に、下弦の月が映り込んでいる。


綺麗で。


ハルの目は恐ろしいほどに、綺麗。


「手を、繋ごうか」


そう言って、ハルが私の手を握った。


「小さな手だね」


私は、顔を上げる事ができなかった。


今、私はきっと、ひどい顔をしている。


吐く息が氷山のように凍りつきそうなほど、空気は冷たいのに。


私の顔からは湯気が出ているんじゃないかと心配になるほど、熱くて。


私は、おそらく、ひどい顔をしている。


「柏木桔平。あの人は……」


ハルの声が、


「いずれ……ぼく……と……うとする……と……うよ」


除夜の鐘と、わあっと沸いた参拝客の声でかき消されてしまった。


「えっ? 何て言ったの? 聞こえなかっ……」


顔を上げて、心臓が止まったのかと思った。


ハルの瞳に、吸い込まれる。


「東子さん」


ハルの手が私の髪の毛の中に滑り込んでくる。


ハルに、魂を抜かれるかもしれないと思った。


「東子さん」


そして、ハルは私の耳に唇を寄せて、囁いた。


「A happy new year」


AM 0:00。


その瞬間、私たちの運命が渦巻く年の始まりだった。


くらくらした。


そのエキゾチックな魔性の瞳に、くらくらした。


1年にたった1度の初祈願だったというのに、何を祈願したのかさえ、まったく覚えていない。


いつの間にか祈願を終えていて、放心状態のまま、ハルに手を引かれて歩いていた。


気付いた時、私は木のベンチに座っていて、ハルの姿はなかった。


「……あれ?」


きょろきょろ、360度見渡してみる。


「ハル……ハル!」


どこもかしこも人だらけで、ハルの姿など見当たらない。

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