フィレンツェの恋人~L'amore vero~
教会はぐるりと一周、木々に囲まれていて、小さな森に迷い込んだ気分に陥った。


「可愛い建物だね」


歩く速度を大幅に減速して、ハルが呟いた。


「おとぎの国みたいだ」


この街に、こんな小さな教会があったなんて知らなかった。


暗闇にぽうっと浮かび上がる真っ白な教会を指さして、ハルがくくくと笑った。


「お菓子の家」


そして、立ち止まり、可笑しな事を言った。


「君は、グレーテルだよ」


「えっ? 私?」


「そうだ。ぼくは、ヘンゼル」


そして、手を繋いだまま、教会を指さした。


「グレーテル。お菓子の家があるぞ。入ってみよう」


「だめよ、勝手に」


「大丈夫だよ」


私の手を引いて、教会へと続く石畳の小道を歩き出す。


その小道の両サイドを縁取るように、ぽつりぽつりと無数のキャンドルが並んでいた。


「知らないから。こわーい魔女が居ても、知らないから」


それでも、ハルはずんずん突き進んだ。


「ぼくがやっつけてやる」


建物に近づくと、中から牧師さまが出て来て「こんばんは」と私たちに一礼した。


「どうぞ。お入りになって下さい。今夜は朝まで無料開放しております」


「ありがとう」


ハルは言い、一礼返して、私を引いて中に入った。


本当に小さくて質素な教会だった。


けれど、あまりにも神聖な。


中は蝋燭のぼんやりとした明りだけで質素だけれど、幻想的だった。


でも、私には耐え難い雰囲気だった。


中に入った途端、尋常ではないほどに脈拍が上がった。


ごくり。


唾を飲み込む。


純白の絨毯の先に質素な祭壇があって、その両サイドは蝋燭だらけで。


祭壇の前まで行くと、ハルはそこに両膝をついて胸元で静かに十字を切り、静かに祈りを捧げた。


私はハルの隣に立ちすくみ、また、ごくりと唾を飲み込んだ。


手が震えた。


消したはずだった記憶が蘇ってくる。


抑えても抑えても、もうどうにもならなかった。

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