フィレンツェの恋人~L'amore vero~
怒りなのか、苛立ちなのか、悲しみなのか。


判別できない感情がマグマのように溢れだした。


「……あっ」


震えが止まらない手で、喉を締め付けるように押えつける。


そうでもしなければ、悲鳴を上げてしまいそうだった。


苦しくて、次第に呼吸が荒くなる。


「……くっ」


喉を締め付けながら、私は真っ白な彫刻の聖母マリアを睨み付けた。


なんて悲しい顔をしているの。


なんて……恐ろしい目をしているの。


聖母マリアは横たわるキリストを腕に抱きかかえ、恐ろしいほど美しい目をしていた。


あの人……みたいだわ。


なんて、恐ろしい。


「……東子さん?」


私はハルを無視して、聖母マリアを睨み続けた。


その目。


あの時の、あの人と同じ。


「……ママ」












3歳の子供を捨てた、ママ。


――実花子


家は貧乏だった。


パパはいなくて、小さなボロのアパートでママとふたりだった。


ママはいつもお仕事で、私はいつもひとりだった。


ご飯はいつも、真っ白なごはんとお塩。


ママのお給料日の日は、お味噌汁がついたり、お魚がついた。


ママはとても厳しい人だった。


けれど、笑うとお姫様みたいに綺麗で、私がいい子にしているととっても優しい人だった。


――実花子。今日はお出かけしようか


お仕事がお休みの日、ママが言った。


――今日は、ホットケーキを焼いてあげるね。食べたら、お出かけよ


ママとどこかへ出かけるなんて初めてだった。

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