フィレンツェの恋人~L'amore vero~
怖い。


いつかまた、誰かに捨てられるんじゃないのかって。


怖くて、怖くて、恐ろしくて。


「落ち着いて」


ずれた眼鏡をかけ直して、ハルが立ち上がる。


ガタガタ震える私の手を、ハルが包み込むように握った。


「落ち着いて。怖くない。ゆっくり息を吸って、吐いて」


そして、私の髪の毛の中に手を滑り込ませて、そっと抱き寄せた。


「どうしたの?」


ハルの匂い。


私はハルの匂いをたっぷり吸いこんでから、ダウンジャケットに顔を埋めた。


出掛ける直前に、ハルがつけていた香水。


GIORGIO ARMANI。


ぼくはこれしかつけないんだ、そう言いながら。


――ジョルジオアルマーニ。祖母が買ってくれたんだ。


ACQUA DI GIO。


「ぼくに、話して。ぼくに」


エキゾチックでオリエンタルなハルのイメージとはまるで正反対。


爽やかに甘い香り。


「怖くない。話して」


きゅうっと抱きすくめられて、涙が頬を伝った。


「……ママが」


「うん」


「……私を……捨てたの」


少し長い沈黙の後、私の耳元でハルが頷いた。


「そう。いつ?」


「……3歳の冬」


「そう」


ハルは言い、私の手を掴んで自分の胴体に巻いた。


私は、ハルの胴体に腕を巻きつかせ、ダウンジャケットをきつく握った。


「私は、施設に引き取られたの。そして、8歳の時……」

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