フィレンツェの恋人~L'amore vero~
牧瀬、と名乗る夫婦が施設に訪ねて来て、私の里親になりたいと言ってくれた。


だから、私は、牧瀬東子になった。


お父さんもお母さんもとっても優しくて、私の事を本当に本当に大切に大切にしてくれた。


ママよりずっと、ずーっと優しかった。


けれど、実花子としてではなく、東子として大切にされた。


お仏壇の位牌の中で微笑む、実花子とよく似た「東子」として。


左目の下に泣きぼくろがある、女の子。


「そう」


ハルが私をそっと離して、親指で泣きぼくろを撫でる。


たまたま、同じ場所に「しるし」があっただけ。


このしるしがなければ、私は牧瀬のふたりにも必要とされることなんてなかったのよ。


「だから、私は必要のない人間なのよ」


実花子は要らない子。


「東子を名乗っていないかぎり、誰にも必要とされない人間なのよ」


泣きながらうつむいた私の頭を両手で挟むようにして仰向かせ、ハルは静かに微笑んだ。


ハルの背後で、蝋燭の明りが揺れていた。


「東子さんはバカだ。東子でも実花子でも、そんな事はどうでもいい」


少なくともぼくはね、とハルは言った。


ハルの目を見ていると、私より年下だなんてとてもじゃないけれど見えなかった。


「ぼくにとっては、ひとりの女性だからね」


ハルがゆっくりと瞬きをした。


「ぼくはきっと、あなただから、ついて行こうと思ったんだ。他の人にはついて行かなかっただろうね。あの、夜」


涙で声がふにゃふにゃと波打ってしまった。


「なぜ……な……ぜっ……?」


「何度言ったらいいのかな。この人は信じられると思ったんだ」


私は年甲斐も無くぼろぼろと涙をこぼし、ハルを見つめ続けた。


「あなたが居ないと、困るよ。ぼくは、あなたを必要としているんだ」


ハルの手がすっと伸びて来る。


「あなたが必要だよ。だから、こうしよう。今からぼくの東子さんだ。東子さんが居ないと、ぼくは猛烈に困る」


ハルは、涙で頬に貼りついた私の髪の毛をすきながら、言った。


「ぼくは東子さんを必要としている。それだけでは、足りない?」
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