フィレンツェの恋人~L'amore vero~
ハルが言った。


「本当は、愛してあげたかったんだね」


凍てつく夜空の下、無数の蝋燭に囲まれながら。


「この7日間、ずっと考えていたんだ。なぜ、この女性はいつも悲しい目をしているんだろうって」


私を抱きしめながら言ったその声は、胸が張り裂けてしまいそうなほど、優しいものだった。


「あなたは、母親になりたかったんだよ。東子さん」


「……あ……ああっ……」


「愛してあげたかったんだよ」


私は、母親になりたかったのだと。


産んで、この手に抱き、そして愛してあげたかったのだと。


「あああっ」


年下の男の腕の中でその事に気付き、声を上げて泣いた。


アルマーニの香りにくるまれて、赤子のように泣き続けた。


「愛する事を怖がらないで、東子さん」


ハルの声はとても綺麗だった。


不純物を濾過し、要らないものを全て取り除いた天然水のように。


クリスタルのように透明で、洗い立ての真っ白なワイシャツのように清潔な。


何よりも、ハルの香りが。


私の中のどろどろした物を中和していった。


「あなたが真実の愛を知った時、必ず、戻ってくるよ」


そう言って、ハルは私の下腹部にそーっと触れた。


「ここに。戻ってきてくれる」


私は、ハルの首に両腕を巻き付けて抱きついた。


「本当?」


ハルが私を受け止めながら言った。


「ぼくは、嘘をつかない」


ハルは私を抱きしめたまま立ち上がり、泣きぼくろに触れた。


「涙の結晶痕がある人は、きっと、幸せになる」


その時。


「「……あ」」


私たちは一緒に空を見上げた。


真っ黒な空から、ふわふわの雪が降りて来たのだ。


「……雪」


黒い夜空が純白のドット柄に染められていく。


ひと粒の切片が私の手のひらに降りて、すうっと消えた。


「コットンみたいね」


私が言うと、ハルはふふと笑いながらドット柄の上空を見つめた。


「初雪じゃないのが残念だね。北欧では、あわてんぼうの伝説があるんだ」


と、ハルが教えてくれたのは可愛い天使の伝説だった。
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