フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「1時間ほど、お借りしてもいいかな」


「は……はい!」


どうぞどうぞ、と両手でオーバージェスチャーをしたあと、平賀彰子は頬を赤らめてうつむいた。


周りからの視線が痛い。


そんな事もまったく気にする様子などなく、


「と、いうことなので。行きましょう」


煌さんは風のようにするりと受付カウンターの中に入って来て、


「さあ、立って」


私を立たせ、そのまま腕を掴んでどこかへ行こうとする。


「ちょっと待って下さい!」


と言っても、煌さんは爽やかに微笑むだけで、止まってはくれない。


ぐいぐい、私を引っ張る。


「煌さん!」


「悪いようにはしませんよ」


社員たちが再び道をあける。


無数の視線をたっぷり浴びながら、煌さんに引きずられながら外へ出た。


正面には黒光りする高級車がはばかるように停まっていて、運転手が後部座席のドアを開いて、お辞儀していた。


「離して下さい!」


煌さんの手を振りほどこうとすればするほど、彼はもっとしつこくなった。


「行きましょう。さあ、乗って下さい」


「行くってどこへ」


「どこだと思いますか?」


ニ、と右の口角を上げて煌さんは微笑した。


「からかっていらっしゃるんですか?」


まさか、と煌さんは鼻先で笑った。


「1時間だけ、誘拐します。こちらも時間がないもので」


申し訳ない、そう言って、煌さんはまるで押し込めるように私を車に放り込み、即座に自分も乗り込んだ。


ドアが閉まる。
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