フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「どうしても、もう一度。牧瀬東子という女性にお会いしたかったので、パリから飛んで来ました」


私は露骨に身を後ろへ引きながら、目を細めて彼を睨んだ。


「口もお忙しいのね」


くっ、と煌さんが笑った。


「よく言われます。あなたは用心深い方ですね」


「そう簡単に人を信じられませんから」


「でも、あなたのような用心深い人ほど詐欺師に騙されるものですよ。気を付けたほうがいい」


「……ご忠告、ありがとうございます」


私と煌さんは睨み合った後、同時にスプーンを掴み、同時に杏仁豆腐を口へ運んだ。


たちまち杏仁独特の漢方薬臭い香りと甘さ、マンゴーソースの濃厚な甘味が口いっぱいに広がった。


「「……あま」」


まったく同じタイミングで声が重なって、不意に目が合った。


「「真似しないで下さい」」


コト、とスプーンを置くのも同じタイミングだった。


私たちはしらけた顔で見つめ合って、そして、同時に吹き出した。


「いや、実は甘いものが苦手なんです」


「私もです」


「こういう類の物を食べるとどうも寒気がする」


と煌さんはお冷を一気に飲み干した。


煌さんてよく分からない、変な人だわ。


勿論、ハルには負けるけれど。


煌さんはどこか取っつき難くて、苦手で、だけど、言葉では説明できない不思議な親しみやすさがあった。


始めは警戒していても、気付くと空気が和やかになっているのだ。


「あ、そうだわ。煌さん、教えていただきたい事があるの」


「何ですか」


もしかしたら、とほんの少し期待を膨らませて訊ねてみた。


「フランス語で“おやすみなさい”は、どう言うの?」


「就寝時のですか?」


私が頷いてみせると、煌さんはさらりと答えた。


「Bonne nuit、ですが」


「ボヌ、ニュイ、ですか?」


「ええ」


なんだ……ほんの少しとはいえ期待しただけにがっかりした。


「そうですか。ありがとうございます」

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