フィレンツェの恋人~L'amore vero~
その針は、4時30分を差している。


フランス、パリの時刻なのだろう。


「気付いていないだけかも分からない。あなたが気付いていないだけ」


「ありえません」


「そうでしょうか。手遅れになってから気づいても意味がないですよ」


と煌さんは本当にゆっくりと時間をかけて、一回の瞬きをした。


「僕も昔、この無神経さが仇となり、大切な女性を逃してしまいましたから。遅かったのです、気付くのが」


煌さんの目が、ふいっと陰った。


「本当に大切な人だと気付いた時はもう、僕の隣には居ませんでした。傷つけるだけ傷付けて、失って、ようやく気付いたのですから。遅かったんですね、気付くのが」


とても切なげで、残酷なほど哀愁に満ちた表情で、何かに憑りつかれたように彼は話し続けた。


「僕には必要な人だったのに。かけがえのないたった一人だったのに。僕の駄目な部分を愛してくれたのは彼女だけでした」


ル・マルを仄かに漂わせながら、煌さんは伏し目がちに続けた。


「Josetteがいつも僕に口酸っぱく忠告してくれたのに」


「ジョゼット?」


「あ、失礼」


弾かれたように、煌さんが顔を上げた。


「Josetteは僕の親友Pascalの恋人です。そして、彼女のルームメイトでもあった」


ジョゼットさんは、常々、煌さんに言っていたのだそうだ。


なぜ気付かないのか。


あの子は煌の真実の愛なのに、と。


「le veritable amour」


「ル……ヴェリターブル、アムール?」


聞くと、煌さんは寂しそうに微笑みながら頷いた。


「フランス語で、真実の愛という意味です」


なぜなのかは分からなかった。


全身に鳥肌が立った。


日本語で“真実の愛”と言われてもピンとくることなど、一度もなかった。


でも、フランス語を知った時、震えるほど、胸が熱くなった。


「東子さん……東子さん」


何度か呼ばれて、ようやく我に返る事ができた。


「はい」


煌さんがにっこり微笑む。


「同居人が気になりますか? 謎だらけだと言っていた同居人が本当はどんな人間なのか知りたいですか?」
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