フィレンツェの恋人~L'amore vero~
いつも毅然として正々堂々としていて。


部下の憧れの上司、あるいは、目標のチーフではなかった。


私の知る限りの彼女は、そこには居なかった。


どこからどうみても、ただの“女”でしかなかった。


けれど、どこからどう見ても、華穂なのだった。


堪えきれないものをぽろぽろ溢れさせる華穂に、煌さんは包み込むような優しい口調で言った。


「Ca fait longtemps(久しぶりだね),Tu tes coupe les cheveux……(髪の毛切ったんだね)」


華穂は短い髪の毛に触れ、頷いて、


「……Oui(ええ)」


微笑んだかと思った矢先、顔をくしゃくしゃにして本当に泣き出してしまった。


小雨がゆっくりと、でも、確実に本降りになるように。


煌さんが困った顔になる。


ル・マルがふわりと香ってくる。


見ると、煌さんは曖昧な微笑みを華穂に向けて言った。


「Ca Va? (元気?)」


ああ、私は入って行ってはいけないのだとすぐに分かった。


「Ca Va bine(元気よ),Et vous? (あなたは?)」


「Ah,Ca Va bine(元気だよ)」


ああ、もしかしたら。


私の予感は次の瞬間、確実なものに変わった。


ああ、そういう事だったのか、に変わった。


華穂が涙に濡れた声で、ふたつの名前を口にした瞬間に。
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