フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「comment va Josetto? (ジョゼットは元気?) ……Pascal? (パスカルは?)」


――ジョゼットがいつも僕に口酸っぱく忠告してくれたのに


――ジョゼットは僕の親友パスカルの恋人です


ああ、やっぱり。


間違いなんかじゃない。


煌さんが執着する“真実の愛”は、華穂だったんだわ。


と思った私は、単純だった。


「……mariagu(結婚するんだ)」


マリアージュ、そう言った煌さんの手が小刻みに震えていた。


「Oh……oui,oui! (そう、そうなの!)」


華穂が目を見開いて、両手で口元を押え、


「congrats! (おめでとう!)」


涙をあふれさせながらにっこり微笑んだ。


次第に、煌さんの声が震え始めた。


「Saint―Germain―l'Auxerrois……(サンジェルマンロクセロワ教会でね)」


一度言葉を詰まらせて、煌さんは続けた。


「Eglise de votre favori(君のお気に入りの教会だね)」


ふたりの空間に入って行くことなど、できなかった。


ここは日本なのに、ふたりの空間はおそらく、フランスに違いない。


誰も入って行くことなど、許されない。


そんな厳かな空気が、ふたりにはあった。


華穂の部下もそれを察したのか、拾った書類を胸に抱え、私に一礼して立ち去った。


煌さ んの声は、か細いものだった。


「La robe de mariee etait en dentelle……biue clair(ウエディングドレスは、水色のレースだって)」


ブルークレール?


「……votre couleur preferee(君の好きな色だね)」


ノン、と言って華穂が小さく首を振った。


そして、日本語で言った。


「それは、あなたの好きな色でしょう……煌」


「……はい」


と煌さんも日本語で答える。


私は動く事ができなかった。


残酷なほど切なげな視線をぶつけ合うふたりを、ただじっと見つめていた。


長い長い、長い沈黙だった。


その沈黙に終止符を打ったのは、ハッと我に返った華穂だった。


「au revoir(さようなら)」


アスファルトから携帯電話を拾い煌さんに背を向けて行こうとする彼女を、彼が呼び止めた。


「華穂!」


ぴたりと立ち止まった華穂がまた携帯電話をアスファルトに落として、振り向いた。


酷く動揺している顔だった。

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