フィレンツェの恋人~L'amore vero~
一瞬、華穂の顔から笑みが消え、でもすぐにまたいつもの凜とした笑顔になった。


「もう、おとぎ話よ」


「え? ……どういう意味?」


「だって、ここは未来よ。パリではなくて日本だもの。私はもう、25歳になってしまったの」


にっこり微笑んでしゃんと背筋を伸ばして颯爽と歩いて行く華穂の背中が、なぜか寂しそうに見えた。













仕事を終えて外へ出た瞬間に、止めていた息を一気に吐き出した。


ずっしりと肩から背中にかけてが重くなった。


吐き出した息は朝靄のように白くけぶり、寒空にのぼって消えた。


明け方に見た不気味なハルの姿。


突然の煌さんとの再会。


華穂のトップシークレット。


そして……鷹司煌という人の、過去。


4つの出来事が疲れとなって、肩や背中にのしかかった。


外は再び、冷たい雨に濡れていた。


午後から乾き始めていたアスファルトも、街路樹も、ガス灯も、全部。


ぼん、とジャンプ傘を開いて、雨の街に飛び込んだ。


足が鉛のように重く感じて、歩く事がおっくうになってくる。


街にあふれるあらゆる音を全て吸い取るような、静かな雨だった。


会社を後にして2,3分歩いた先にあるコンビニで肉まんを2つ購入して、タクシーを拾った。


なぜか、絶対に歩いて帰る気になれなかった。


さもなくば、歩いているうちに力尽きてしまう気がした。


「どちらに向かいましょうか」


タクシー運転手は完璧な白髪で、サエキジロウよりも年老いて見える老人だった。


真っ白な布手袋をして、ハンドルを握っている。


寒い空間から温かい空間に変わると、頬がぴきりと引きつった。


「タワーマンション前までお願いします」


「かしこまりました」


タクシーが走り出す。


「すみません。とても近場なのに」


私が話しかけると、運転手はやわらかな口調を返して来た。


「とんでもない。今日はこんな天気ですし、寒いですからねえ」


車内は完璧に暖気に包まれていて、蒸し暑いくらいだ。

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