フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「お孫さんはおいくつですか?」


「上が16の女の子、下が13の男です。ジーチャンウザイ、とか、ウルセーヨ、とか。生意気なんだけど、やっぱり可愛くてね」


つい甘くしてしまうんだよね、と彼はますます表情を緩ませた。


とても幸せそうに。


マンションの前に到着して料金を支払い降りようとした私に、運転手が言った。


「今夜は、この冬一番の冷え込みになる。温かくして眠って下さい」


「ありがとうございます」


タクシーを降りると、外は確かにキンキンに冷え切った冷凍庫のように寒かった。


タクシーはひとつ先の十字路を左折して、そして、見えなくなった。


私は急いで共同玄関に駆け込んだ。


暗証番号を入力していると、滅多に姿を見せない管理人が管理人室からぬうっと出て来た。


「牧瀬さん」


と、怪訝な面持ちで私に歩み寄って来る。


「あ、こんばんは」


軽く会釈を返すと、管理人の川内さんが、


「いえ、ね」


と私越しに外をきょろきょろ見ながら、こそこそと話し始めた。


川内さんは雇われの管理人で、50代後半の中肉中背で、小奇麗な男性だ。


滅多に顔を合わせる事はないけれど、親切で人当りのやわらかな人だ。


私より若干、背が低い。


「さっきね、ここら辺を不審な男がうろうろしていたんだよ。牧瀬さんは女性でしょう。気を付けてね」


と川内さんはしきりに外を気にしながら言った。


「気味が悪くてさ。さっきまでうろうろしていたんだ。もう……帰ったみたいだけど」


どんな感じの人だったのかを聞くと、川内さんは身振り手振りのオーバージェスチャーをしながら説明を始めた。


「この雨なのにさ傘も差さずにスーツ1枚で。無精ひげ生やしてさ、目の下クマだらけだよ。髪の毛はぼさぼさだし、だらしがない感じだったよ」


「えー、気持ち悪いですね」


「本当についさっきまで、このマンションの前うろついていたんだよ。この中じろじろ覗いたりしてさ」


川内さんの口調は本当に気味が悪そうで、だから、私も本当に気味が悪かった。


「……やだ、本当に怖くなってきちゃった」


「まあ、とにかく気を付けてね。私も気を付けて見ておくけど」


「そうですね、気を付けます」


私は急いで暗証番号を押し直し、エレベーターに乗った。


「夜は出歩かない方がいいですよ」


見送ってくれた川内さんに一礼して「閉」のボタンを押した。


エレベーターを降りて、部屋のインターホンを押す。


「……あら?」


応答がない。


もう一度、押す。


けれど、いつまで経っても応答がない。
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