フィレンツェの恋人~L'amore vero~
いつもならドタドタ足音がして、ハルがドアを開けてくれるのに。


眠っているのだろうか。


昼には帰ると言っていたからキーを渡したのに。


まさか、と最悪なパターンが脳裏をよぎる。


まだ帰っていない、とか。


「……嘘……ハル!」


私はインターフォンを連打しながら、ハルの名前を呼んだ。


「ああ、もうっ」


鍵穴から中を見てみるけれど、明りがついているかまでは確認できなかった。


最悪の場合、管理人室に行こう。


そう思いながら、一か八かでドアノブを回してみると、カチリと音がして、ドアが開いた。


「え……開いてる……」


しかも、部屋の中は明るく、玄関にはハルの靴もあった。


「不用心だわ」


ハルが来てから、こんな事は一度もなかったのに。


施錠をし忘れるなんて、ハルはしない子だったのに。


ブーツを脱いで、真っ直ぐリビングに向かった。


「ハル? ハル!」


確かに、ハルの靴があったのに、リビングにその姿はない。


ざあざあと音がしたので、雨足が強くなったのかと思い窓の方を見る。


でも、窓に雨が当たっているわけでもなかった。


その音はどうやらバスルームからのものだった。


「……お風呂、か」


だから、施錠をしていなかったのね。


ふう、と息を吐いてソファーに荷物を下ろした時、ふと目に入った。


ソファーの上に、ジャケットが脱ぎ捨てられている。


しかも、ぐちゃぐちゃになっていた。


珍しい。


いつも几帳面なハルにしては、珍しい。


手に取るとひんやりと冷たくて、ずっしりと重たかった。


もしかしたら、今さっき帰ってきたのかもしれない。


それで、雨に打たれてしまったんだわ、きっと。
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