フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「……ハル、スーツなんて持っていたのね」


それは、たっぷりと水気を含んだスーツのジャケットだった。


スーツなんて着て、どこへ行ってきたのかしら。


「えっ」


ふっと目に飛び込んで来たタグに、思わず声が漏れる。


【GIORGIO ARMANI】


「アルマーニって……こんなブランド物のスーツ」


テーブルの上にはハルが大切にしているだて眼鏡が、無防備に置かれてある。


やっぱり雨に打たれたのだと分かった。


レンズが濡れていた。


スーツを手にしたままちょっと覗き込んで、またぎょっとした。


【DOLCE & GABBANA】


黒いテンプルにそう刻まれている。


「だて眼鏡がブランド物って……」


思わずバスルームの方を見てしまった。


どう見ても、ハルは未成年だ。と思う。


クリスマス・イヴに拾った時、ハルはブレザーの制服姿だった。


おそらく、高校生だと思う。


そんな若い子がアルマーニやドルガバを身に着けているなんて。


バスルームから視線を、眼鏡のテンプルに戻す。


「ドルチェ、アンド、ガッバーナ……エイチ」


【H.K】


おそらく、これはハルのイニシャルではないだろうか。


ハル、のH。


「ケー、ケーね」


加藤、北島、工藤、小林、とありそうな苗字を頭の中に並べてみる。


「け、け、け……けから始まる苗字って、あまり聞かないわねえ」


と考えていると、着信音が響いた。


ソファーにジャケットを置いて、急いでバッグから携帯電話を取り出す。


見知らぬ番号だ。


「……もしもし」


電話の向こうからはがやがやを通り越した騒音のようなざわめきが漏れてきた。


嫌ね。


悪戯かしら、出なければ良かった、と切ろうと思った時だ。
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