フィレンツェの恋人~L'amore vero~
でも、と思いとどまる。


勝手にそんな事をしたらいけない。


シン、と静まり返るリビングに、バスルームから漏れ出すシャワーの音がやけに大きく響く。


ハルが来る前に。


バレなければ。


バレさえしなければ。


だって、同居人の事なのよ。


どこの、誰なのか、それくらい知っていたっていいじゃない。


早く、ハルが来る前に。


ごくり。


息を飲んでパスポートの表紙に指をひっかけた時、寝室から聞こえた音に背筋がぴきりと突っ張った。


「……あっ」


床にパスポートを落として、正気に返る。


ばくばく、ばくばく、爆発しそうな心臓を押えて深呼吸をした。


ダメよ。


私、今……何を……。


ふるる、と頭を振って、パスポートを拾う。


スーツの内ポケットに2冊を突っ込んで、音がした寝室へ向かった。


「あらっ?」


ドアを開けようとして、気付く。


今朝方と同じだ。


寝室のドアは数センチだけ開いていて、ドアを押すと、真っ暗な天井に青白い光が映っていた。


不気味なシアタールームみたいで、ほんの少し、ぞっとした。


しつこく鳴り続ける、着信音。


一度も使用したことのないベッドの上に投げ出されていたのは、携帯電話だった。


おそらく、いいえ、確実に、ハルの物だ。


ストラップも何もついていない、真っ黒でシンプルな薄型の。


着信音がしつこく鳴り続けて、着信ランプが青く、白く、点滅している。


覗き込んでみる。
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