フィレンツェの恋人~L'amore vero~
これだ。


この目。


何もかも全てを恨んでいるような、そして悲しみに満ちているような。


野蛮な目。


なんて目をする子なの……。


私が脅えたとでも思ったのか、ハルは急に優しい口調になった。


ごめんなさい、とハルが言った。


「今日は夕飯要らないよ。でも、今晩だけ、この部屋を貸してくれないかな。どうしても今日中に終わらせなければならない作業があるんだ」


さあ、行って、とハルが私の肩に手を置いて、優しい力でドアの方へ向かせる。


ドアを出て、私は振り向いた。


「ハル」


「うん」


「ごめんなさい、勝手に見たりして」


ハルはただ一言だけ「うん」と言って頷くと、ベッドの上に投げ出されたままの携帯電話を手に、パソコンの前に座った。


ハルの背中が孤独を背負っている気がしてならない。


私はそっとドアを閉めて、ようやく息を吐き出した。


リビングに戻りコートを脱いで、ソファーに沈む。


すると、寝室からハルの声が聞こえて来た。


でも、ぼそぼそとしていて何を言っているのかは分からなかった。


聞こえてくるハルの声に耳を澄ませながら、窓辺に掛けたジャケットをぼんやり眺める。


ハルを拾った日から、今日までを指折り数えてみると、12日目だった。


ハルと過ごせば過ごすほど、ハルがどんな子なのか分からなくなってしまう。


パプリカもスウェットもサンチュも春菊も分からない、ちょっと変わった男の子。


でも、計算力は人並み外れていて賢くて、食事の際は姿勢が良くて、物を口へ運ぶ動作は本当にきれいで。


笑うとあどけなさが残っているのに、夜になると急に色気がたっぷりの表情になったり。


親友はサエキジロウという老人で。


パスポートは2冊も持っているし。


だけど、どこから来たのか分からなくて。


時々、どこの国の言葉なのか分からない言葉を使うし。


何をしている子なのか、何を考えている子なのか、分からない。


聞こうとしても、言いたくないと言うもの。


「なら、こうするしか……ないじゃないの」


私はソファーを立ち、窓辺に向かった。


何が、私を行動に移させたのかは分からない。


思い当たるとすれば、おそらく、あの目だ。


見えない敵と戦っているような、あの野蛮で攻撃的な、目。
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