フィレンツェの恋人~L'amore vero~
私は一切の躊躇なく、ハルのジャケットの内ポケットに手を突っ込んだ。


2冊のパスポートと取り出す。


中を見る、そう決めていた。


藍色の表紙に親指を掛けた時、寝室のドアが開いて、ハルが携帯電話で話しこみながら出て来た。


そして、私を見るなり表情を一変させ、携帯電話を壁に投げつけた。


「見るな!」


その荒声に驚いて、床にパスポートをばらまいてしまった。


慌てて拾おうとすると、


「触るな!」


ハルが怒鳴りながら突進してきた。


「今、何をしようとした! 言え!」


ハルはぎりっと目を吊り上げ、私の腕を掴んだ。


その挑発的な目と口調に、カッとなった。


「見てやろうと思ったのよ!」


そう怒鳴り返して、ハルの手を思いっきり振りほどいた。


「見てやろうと思ったわ。見ようって」


私はふふと鼻で笑い、右腕を左手で支えた。


ハルに掴まれた部分だけがじんじん痺れていた。


「信じられないよ。まさか……東子さんが……こんな」


ハルが私を睨んで、ギッと奥歯をこすり合わせる。


「どうして……東子さん……なぜ」


興奮しているのだろう。


エキゾチックな目は般若のお面のように崩れ、充血している。


「ハルが何も教えてくれないからじゃない! いつも訳の分からない言葉を使って、はぐらかして……ハル、あなたはどこから来たの?」


どこの子なの、何をしている子なの、何を考えているの、と私が詰め寄ると、ハルが一歩後退した。


「そうやって逃げるの? パソコンで何をしているの? ステファンて、誰?」


「……何だって?」


ハルが反応を示す。


私はまた一歩詰め寄った。


「見たのよ、今朝。真っ暗な寝室で、パソコン開いて電話していたでしょう。一体、何をしているの? なぜ、2冊もパスポートを持っているの?」


「……東子さんには関係のない事だ。それに……言いたくない」


ハルの髪の毛はもう乾き始めて、さらりと流れる。


ふわりとシャンプーの香りがした。


その香りがなぜかますます私を苛立たせた。

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