フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「言いたくないんだ! 聞かないでよ!」


床に転がっていた携帯電話を拾うと、ハルはまるで逃げ出すように寝室へ向かって行く。


「待ちなさい! ハル!」


なぜここまで興奮しているのか、自分でも分からない。


でも、明らかだった。


私は今、この25年間の人生で最も興奮していた。


コントロールしようにも、ブレーキをかけようにも、もう、術がなかった。


私は買って来た肉まん入りのビニール袋を掴み、寝室に乗り込んでいた。


「ハル! 答えなさい!」


「どうしてだよ! なぜ、ぼくを知ろうとするの!」


真っ暗な空間に、ハルの震える声が浸透していった。


パソコンの画面には、まだ大量の文字が流れている。


「ぼくを知ろうと思わないで! お願いだよ!」


「なぜ、知ろうとしてはいけないのよ!」


私も声を荒げて、


「あなたは、一体誰なのよ!」


ビニール袋を投げつけた。


それはハルの左肩に命中し、中身が飛び出して、ぼとぼととカーペットに散らばった。


「何するんだよ! 東子さん!」


カッとなったハルが肉まんを踏み潰し、恐ろしい形相で詰め寄って来た。


そして、乱暴に私の腕を掴んで言った。


「そんなに知りたいのなら、教えてあげるよ」


ぐん、と体が引きずられる。


「何するの!」


ハル、とその名前を口にした時にはもう、私の体はベッドの上に投げ出されていた。


冷え切ったシーツが、背中から熱を奪って行く。


ぽとり、と顔の横に落ちて来たハルの携帯電話から、声が漏れ出していた。


『ehi! (ねえ) Haru! Mi senti? (聞いているのかい) Haru!』


黒い影が真上から私を包み込む。


ハルが私に覆いかぶさっていた。


『Haru! ehi,Haru!』


「電話、いいの?」


に、とハルが微笑んだ。


「ステファンだよ。彼は、危険を承知でぼくに協力してくれたんだ。でも、金に目がくらんだ愚か者さ」


囁くように言ったハルは、とても悲しい目をしていた。


そして、私の上で四つん這いになり、携帯電話の電源をオフにして、それをカーペットに投げ捨てた。


「結局、みんな金か。東子さんも、お金が欲しいと思う?」


「お金は必要だと思うわ」


「いくら欲しい?」


「でも、欲しいとは思わないわ」


室内が静寂に包まれる。
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